1999 Fiscal Year Annual Research Report
近代中国における「生活の芸術」論-周作人、林語堂、江紹原らによる提唱とその展開
Project/Area Number |
10710215
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Research Institution | The University of Tokyo |
Principal Investigator |
伊藤 徳也 東京大学, 大学院・総合文化研究科, 助教授 (10213068)
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Keywords | 周作人 / 林語堂 / 芸術 / エリス / 性道徳 |
Research Abstract |
中国における「生活の芸術」論は1920年代に江紹原、周作人らによって提唱されたのが最初と考えられるが、ひとつ注意しておくべきなのは、周作人が「生活の芸術」を提唱する前に「人生の芸術」という考え方を提出していたことである。これは元来「芸術のための芸術」と「人生のための芸術」との矛盾を解くために周作人が用意した解答であった。英語の'life'、'living'の訳語として中国語も日本語同様「人生」も「生活」も両方存在し、その含むところも同様の違いがあった。つまり相対的に言って「人生」が人間の生を誕生(始点)から死去(終点)へと時間的に捕らえようとするのに対し「生活」は始終を棚上げして空間的に捕らえようとする語といえる。「人生」ではなく「生活」を言うというところには観照の快楽という視点が導入されており、それは周作人において、w・ペイター風の理知的なdecadenceの精神が取り入れられたことを示している。しかしながら、解志熙のように「生活の芸術」を「頽類廃-唯美思潮」と認定することには、躊躇すべき要素がいくつかある。またそもそも「頽廃-唯美思潮」自体をもっと高次の精神形態として歴史的に分析する必要性がある。というのは、周作人の「生活の芸術」論はH・エリスからの影響のもとで性心理学方面から歴史的観察を経て形成された一種の社会道徳論になっているが、それは中国や西洋の近世-近代に対する批判の上に新たな「主体」の形成を模索した試みだったと考えられるからである。その点で、周作人の「生活の芸術」を考える上での重要な参照対象となるのが、同じく精神病理学から出発して道徳的主体の「生存の技法」「実存の美学」を論じるに到ったフーコー(特に晩年)である。
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