Research Abstract |
本研究では、学習・記憶の座であり、神経発生が生涯保たれ、神経再生さえ可能な部位として最近大きな注目を集めている海馬歯状回の顆粒細胞において、神経発生や生存率あるいはその刺激・栄養効果をもつ脳由来神経栄養因子(BDNF)の遺伝子発現などが増加し、認知機能にプラスの効果をもつという作業仮説を検討する。今回は,急性の走運動や短期間のトレーニングが脳内のBDNF遺伝子発現を増加させるというモデルを果たして作製できるか,について検討した.Wistar系雄ラットを用い,およそ二週間の走行学習を行わせ,予め決定しておいたLT強度(およそ分速20〜25m)を境として,その前後の強度(速度)で急性的に30分間走らせた.走運動前後で海馬のアンモン核や歯状回において,BDNF(脳由来神経成長因子)の遺伝子発現がどのように変化するかについて経時的に調べた.その結果,アンモン角,ならびにDGにおいて,LT以上の強度で運動させた群は有意差はみられないが,LT以下の速度で走らせた群は,海馬のいずれの部位においてもBDNFmRNA発現が有意に増加した.しかし,安静時のレベルには二週間の学習効果はみられなかった.これまで,回転車輪を用い,その回転数が増加するマウスほど海馬のBDNF遺伝子が増加するとする報告がいくつかみられるものの,トレッドミルにおいてはそうした報告は皆無である.また,運動強度との関係についても不明のままであった.我々の知見は,トレッドミル走でもBDNF発現を促進する効果がみられること,さらに,その効果は強度依存的にみられることが判明し,極めてオリジナルな知見となった.この結果は,トレーニング期間(学習期間)を短期間に限定した場合,LTよりも低い強度,人で言えば歩行程度の移動運動(locomotion)が海馬の神経栄養因子の転写促進に良いことを示唆する.おそらく,走運動の学習・記憶能への効果にも反映しうる知見と思われる.また,このモデルは,運動がなぜBDNF発現を高めるかという未だ解けない疑問に答えるための極めて有用なモデルでとなりうることを示唆する.今後は,これらの結果をもとに,実際にどんな走運動が学習・記憶能に促進的に作用するかについて検討することになる.既に,水迷路が設置され,短期の走運動の効果について検討を行っている.
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