2000 Fiscal Year Annual Research Report
漢字熟語の音読メカニズムに関する認知心理学的・計算機科学的・神経心理学的検討
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11610093
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Research Institution | Tokyo Metropolitan Institute of Gerontology |
Principal Investigator |
伏見 貴夫 (財)東京都老人総合研究所, 言語認知部門, 研究員 (60260303)
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Keywords | 認知心理学 / 言語心理学 / 神経心理学 / 計算機科学 / ニューラル・ネットワーク / 音読 / 失読症 / 意味記憶 |
Research Abstract |
1.研究の目的 文字単語の音読には「文字・意味・音韻」に対応する心的表象が関与し、文字表象の活性が直接音韻表象に伝えられる音韻的処理と、文字表象の活性が意味表象の活性を介し音韻表象に伝えられる意味的処理が想定されている。日本語では表音文字である仮名では音韻的処理が、表意文字である漢字では意味的処理が働くと考えられてきた。これに対し我々は、漢字の音読にも意味的処理のみならず音韻的処理も働くと仮定し、認知心理学、計算機科学、神経心理学の手法により検証している。 2.昨年度の研究成果 漢字熟語の音読に意味的処理のみが働くなら心像性(意味のイメージのしやすさ)の高い高心像語(例.医院、奉行)は心像性の低い低心像語(例.宇宙、寿命)に比べ音読が容易なはずである。一方、音韻的処理が関与するなら、個々の漢字の読みが一貫している高一貫語(例.医院、宇宙)は、個々の漢字に対し稀な読みを当てはめなければならない低一貫語(例.奉行、寿命)に比べ音読が容易なはずである。これらの熟語について健常成人の音読潜時を測定したところ、高一貫語の音読潜時は低一貫語より短く、高一貫語では心像性による差異はないが低一貫語では高心像語の音読潜時が低心像語より短かった。この結果から、従来の説とは異なり、漢字熟語の音読では基本的に音韻的処理が働くが、音韻的処理が困難な低一貫語では意味的処理の役割が重要となることが示された。 3.今年度の研究成果 アルツハイマー型痴呆が、エピソード記憶、意味記憶を始め認知機能全般に障害を示すのに対し、意味記憶に選択的な障害を示す脳萎縮例として意味性痴呆が挙げられる。発話は流暢で統語的にも整っており音韻表象は保たれていると思われるが、物の名前が言えない、言語理解が悪い、道具の使用ができないなど意味表象の損失が疑われる。健常成人のデータを考慮すると、意味性痴呆例では音韻的に処理できる高一貫語の音読は保たれる一方、意味的処理を必要とする低一貫語の音読は強く障害されると予測される。意味性痴呆例を対象とした音読実験の結果この予測は支持され、「奉行、寿命」を「ほうこう、すめい」と読むなど、意味的処理が欠如した状態で音韻的処理のみに基づいて音読してることを示唆する誤りが頻発した。 また計算機シミュレーションでは、音韻的処理・意味的処理を実装したニューラル・ワークの意味的処理を破壊した結果、低一貫語の成績が悪くなり、意味性痴呆例の音読傾向が再現された。
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[Publications] 伏見貴夫,伊集院睦雄,辰巳格: "漢字・仮名で書かれた単語・非語の音読に関するトライアングル・モデル(1)"失語症研究. 20. 115-126 (2000)
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[Publications] 伊集院睦雄,伏見貴夫,辰巳格: "漢字・仮名で書かれた単語・非語の音読に関するトライアングル・モデル(2)"失語症研究. 20. 127-135 (2000)