Research Abstract |
ルミノールは最も優れた化学発光インジケーターであり,その応用範囲は多岐にわたっている。しかし生化学的分析上,ルミノールの化学発光は種々の物質で触媒され,生化学的分析上,生体内に存在する鉄錯体,ヘミン,微量遷移金属などとの非特異的反応挙動に対してとくに注意しなければならない。実際,ヘム鉄を含むカタラーゼは,特異的に過酸化水素を分解する酵素であるが,高濃度過酸化水素(H_2O_2,0.1mM)あるいはフェントン試薬(H_2O_2,0.3mM+FeSO_4,0.2mM)で生ずるルミノール発光を抑制できず,むしろ発光を増大させる。しかし,このメカニズムについての詳細は不明である。我々は,生体内ラジカル検出を目指したオプティカル・バイオセンサーの発光試薬としてルミノールを用いてきたことから,生体内鉄錯体および鉄含有酵素との相互作用に興味がある。本研究では,ルミノールが鉄含有酵素あるいは鉄存在下でH_2O_2により如何なる化学発光挙動を呈するかを比較検討し,ルミノールの化学発光特性を明らかにすることを目的とした。[実験方法]化学発光はバッチ法により,カタラーゼ,西洋ワサビペルオキシダーゼあるいはFeSO_4の存在下で,ルミノール(0.7mM, pH9.0)とH_2O_2(150μM)とを反応させ,フォトンカウンター(ルミノメーター)を用いて測定した。H_2O_2の単独処置ではルミノールを発光させない濃度150μMを使用した。カタラーゼ,西洋ワサビペルオキシダーゼあるいはFeSO_4とH_2O_2によるルミノール化学発光に対して,窒素ガス曝気(反応液中の溶存酸素除去),デフェロキサミン(鉄キレーター)およびSOD処置による影響を観察し,ルミノール化学発光メカニズムについて検討した。溶存酸素は,クラーク型酸素電極を用いてモニターした。また,必要に応じて電子スピン共鳴(ESR)装置を用いて,ラジカル測定を行った。[結果]ルミノールは,150μMH_2O_2単独では全く発光を生じなかった。しかし,カタラーゼ,西洋ワサビペルオキシダーゼあるいはFeSO_4の存在下,ルミノールはH_2O_2との反応により著明に発光した。その発光は,カタラーゼ,西洋ワサビペルオキシダーゼあるいはFeSO_4の用量依存性であり,西洋ワサビペルオキシダーゼ,FeSO_4,カタラーゼの順に大きかった。カタラーゼ(880μM),西洋ワサビペルオキシダーゼ(0.07U/ml)あるいはFeSO_4(200μM)によるルミノール化学発光はデフェロキサミン(20μM)により有意に抑制された。また,このときデフェロキサミンラジカルがその抑制強度にしたがって増加した。FeSO_4によるルミノール化学発光は,溶存酸素の減少にしたがって減弱するが,カタラーゼおよび西洋ワサビペルオキシダーゼによるルミノール化学発光に対しては影響しなかった。SODはこのカタラーゼ,西洋ワサビペルオキシダーゼあるいはFeSO_4によるルミノール化学発光に対しては,全く影響しなかった。[考察]ルミノール化学発光はオゾン,ハロゲン,鉄錯体,ヘミン,ヘモグロビン,過硫酸塩,遷移金属などの種々の物質で触媒され,この化学発光機構は各々の反応条件で異なり複雑である。しかし,一般的には,ルミノールはジアザキノン中間帯を経て6員環ペルオキシド状態を形成し,これが分解して窒素ガスとフタル酸ジアニオンの励起状態が生じ,基底状態に戻る過程で発光するものと考えられている。いずれにしても,最終産物の2-アミノフタル酸のジアニオンが発光体である。また,西洋ワサビペルオキシダーゼはルミノール化学発光の増感物質として応用されている。西洋ワサビペルオキシダーゼは,一般的には上記の反応サイクルでペルオキシダーゼ反応を触媒し,ルミノール酸化反応に関与しているものと考えられる。カタラーゼも類似のヘム鉄(Fe^<3+>)を含有することから,本来の酵素活性であるH2O2分解に加えて,H2O2による水素水素供与体の酸化反応を触媒するペルオキシド活性機構を示すことが予想される。このような観点から,カタラーゼによるペルオキシダーゼ反応が,今回のルミノール化学発光を触媒する可能性について検証した。本実験結果が示すようにカタラーゼおよび西洋ワサビペルオキシダーゼによるルミノール化学発光は非溶存酸素的酸化反応が関与し,FeSO4によるルミノール化学発光には溶存酸素的酸化反応が関与していることが明かになった。しかし,これらの酸化反応はデフェロキサミンによって抑制され,しかもデフェロキサミンラジカルを生成することから一電子酸化反応が関与している可能性を示唆する。
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