Research Abstract |
虚血,低酸素症,代謝障害に付随する筋細胞死の発生機構は未だ解明されていない。これらの環境下で観察される筋細胞内Ca^<2+>濃度の上昇は,細胞死へと導く過程で重要な事象であると考えられている。筋細胞へのCa^<2+>過負荷は,Ca^<2+>によって活性化される酵素,Ca^<2+>活性化中性プロテアーゼ(calpain)の活性化を導く。また,低酸素あるいは虚血状態はcalpainを活性化し,活性酸素ラジカル発生源であるキサンチン脱水素酵素→キサンチン酸化酵素変換を引き起こすことが報告されている。この虚血/再灌流障害におよぼす活性酸素ラジカルの役割については数多くの研究がなされているが,本障害におよぼす活性酸素ラジカルとcalpainとの関連性についての詳細な機構の解明には至っていない。一方,一酸化窒素(NO^・)の産生が虚血の程度に応じて増加し,筋過収縮を抑制することで保護効果を示すこと,そして,NO^・合成酵素活性化へのcalpainの関与も報告されている。本研究は,虚血/再灌流障害におよぼす活性酸素ラジカルの影響,その結果生じる筋細胞内Ca^<2+>異常蓄積によって誘発されるCa^<2+>の細胞毒性を機能的に精査しようとするものである。したがって,Ca^<2+>を中心とした筋細胞膜系の機能-分子病態と活性酸素ラジカルの関与について分子薬理学的に解明することを目的とする。 本年度は,虚血状態で発生されるNO^・の影響をNO^・ドナーのNOC-7を用いて,当該分野で多用されている心室筋原線維の収縮特性に対する影響を中心に検討した。電子スピン共鳴法(ESR法)を用い,反応溶液中のNOC-7(3〜1000μM)から放出されるNO^・が,時間依存性にそして,濃度依存性に増大することを確認後,脱膜筋線維標本に対するNOC-7適用実験を行った。筋原線維のpCa-反応曲線はNOC-7(1〜1000μM)の30分間処理により濃度依存性に右方移動し,pCa_<50>値は低下した。トロポニンC-Ca結合協調性の指標であるhill係数は,NOC-7濃度依存性に低下した。また,クロスブリッジ形成能の指標であるrigor収縮はNOC-7により増大し、筋原線維クレアチンキナーゼ活性は著しく低下した。ESR法を用いたNO^・濃度測定により,NOC-7によるクレアチンキナーゼ活性の抑制はNO^・濃度0.69μM以上で,そしてpCa_<50>を指標としたCa^<2+>感受性の抑制は5.6μM以上で認められた。この結果から,クレアチンキナーゼはNO^・に対して高い感受性を示し,NO^・の標的であることが示された。これらNO^・による心筋収縮特性の変化は,外因性にクレアチンキナーゼ(0.2,2,20u/ml)を添加することによって抑制される傾向を示した。したがって,NO^・の心筋線維に与える効果はトロポニンCへのCa結合の抑制にリンクしたものであり,その結果,筋原線維のCa^<2+>感受性を低下させることが明確となった。また,NO^・によって引き出されるrigor収縮の増大と,クレアチンリン酸添加後に得られるrigor収縮の増強反応から,NO^・の心筋収縮機能を低下させる作用は,クレアチンキナーゼ活性の抑制によるADP→ATP再合成阻害と,それに引き続くアクトミオシンATPase活性の低下により生じると考えることができる。このことは,NO^・による一連の心筋収縮機能抑制メカニズムに,クレアチン,シャトルに代表されるATP供給系の破綻が関与していることが証明できた。
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