Research Abstract |
赤血球膜は静止血漿中では極めて特徴的な両凹回転面をしている.この曲面は与えられた表面積をもち,与えられた体積を囲む閉曲面の中で曲げエネルギーを最小とする曲面であると考えられている.ここで,曲げエネルギーは,曲面の平均曲率とある定数との差の平方を閉曲面上で積分した量である. 本研究は,静的変形の理論として,この制限付き極値問題の解を構成し,その安定性を調べること,さらに,動的変形の数理モデルをつくり,シミュレーションを行うこと,の二つを目的として行われた. 静的変形に関しては,長澤壯之氏の協力を得て,つぎのような結果を得た.制限付き極値問題に対し,その臨界点,すなわち,オイラー・ラグランジュ方程式を満たす曲面を,分岐理論を適用して球面に十分近い閉回転面の範囲で構成した.それらの臨界曲面に対し曲げエネルギーの第二変分を計算して,安定性を調べた特に,最も形状が単純な分岐解は安定な枝と不安定な枝があること,それ以外の分岐解はいずれも不安定であることが確認された.また,いくつかの不安定な分岐解のモース指数を計算した.この方向では,非回転面の臨界点の存在が予想されるが,その証明が射程内に入ってきたと云える.一方,球面から遠い,通常の赤血球膜の形をした臨界点の存在に関して,本研究とは独立に香港の研究グループによる注目すべき結果が得られた.その結果を検証し,彼らの方法に基づいて種数1の閉曲面の中で臨界点を探すことを試みたが,現時点では成功していない. 動的変形の数値シミュレーションについては,残念ながら,基礎的な計算の段階で留まり,特に壁面との摩擦による変形を記述するよい方法を見つけることができなかった.まとめれば,静的変形の場合の安定性を計算する手順を確立したことが,最大の研究成果と云えるであろう.今後取り組むべき多くの課題が数学的問題として明確に定式化できたことも収穫である.
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