Research Abstract |
本研究では,遺伝子制御ネットワークの複雑な反応ダイナミクスを体系的に解明するための「制御理論体系」と「理論の検証に必要な合目的な同定法および実験系」の構築を目的としている.この目的の達成に向け,本年度は大きく分けて次の3つの研究を実施した.(1)遺伝子ネットワークの時空間ダイナミクスを解析するための統一的な制御理論体系と系統的解析法の提案,(2)実験データに基づく高速なパラメタ同定法の開発,(3)実験データとの比較による理論の検証. (1)制御理論体系の構築 本年度は,これまでに提案した解析法をより実用的なものへと発展させるために,(1)細胞体積の微小さに起因する「反応の確率ノイズ」,および(2)分子の局在化による「空間的非一様性」を陽に考慮した数理モデルに対し,統一的な制御理論的定式化を行い,系統的な解析法の提案を行った.その結果,反応の確率ノイズの影響により,確率的Turingパターンと呼ばれる分子濃度の非一様な模様が細胞内で形成される可能性を見出し,そのための反応条件を理論解析的立場から明らかにした.さらに,このような現象を合成生物学的アプローチで探求するために必要な遺伝子回路の設計に向けた予備的知見を得た. (2)パラメタ同定法の開発 上記の制御論的手法と検証実験の融合に必要な遺伝子ネットワークのパラメタ同定法の開発を行った.遺伝子発現の経時計測データは遺伝子ごとに大きなばらつきがあり,1細胞計測のみから従来の制御理論的パラメタ同定法を用いて精度の高い同定をするのは困難である.そこで,遺伝子発現の同時分布計測の経時変化からパラメタを同定する手法の提案を行った.特に,制御理論のモデル低次元化の理論を応用することで,従来,数時間から数日を要した遺伝子ネットワークの同定が数十秒で完了できるようになった. (3)実験データとの比較による理論検証 理論検証のためのパラメタ調整可能な生物実験系の構築に向け,予備実験を繰り返し,細胞内のダイナミクスに当初の想定を上回る確率ノイズの寄与が確認された.今年度は,この知見を上記の解析・同定法の開発に生かし,より実用的な理論体系としてまとめることができた.また,解析結果を実在する遺伝子ネットワークに適用し,提案した解析法が実システムの解析に有効であることを確認した.一方,当初予定していたパラメタ調整可能な生物実験系の構築は,技術上の課題が多く,完成にこそ至らなかったが,問題点の洗い出しを行い,今後の研究の方向性を考える上で重要な知見を得ることができた.
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