Research Abstract |
ヒトの症例や動物の破壊実験より,海馬体は,空間的および非空間的記憶の形成と一定期間の保持の過程に重要な役割を果たすことが示唆されている.げっ歯類の海馬体から脳波を記録すると,歩行時やREM睡眠中に比較的高振幅で5-10Hzの規則的な脳波(θ波)が出現するが,最近,θ波の位相とニューロンのインパルス放電とのタイミングが場所のコード化やその表現に重要な意味があるとの仮説が提唱されている.これに対し,従来ヒトを含めて霊長類では海馬体から明瞭なθ波は記録できないとされており,海馬体脳波とニューロン活動との相関についての知見はほとんどなかった.しかし,以前の霊長類海馬体脳波に関する研究で明瞭なθ波が記録されなかった理由として,霊長類の海馬体が本質的にθ波を発生しにくい構造であるという可能性以外に,脳波記録電極がθ波の発生源に位置していなかった可能性や,θ波が発生しにくい行動条件下で記録実験を行っていた可能性が考えられる.すなわち,海馬体が頭頂葉皮質直下にあるげっ歯類と異なり,霊長類の海馬体は脳の深部(側頭葉内側部)にあり,電極のポジショニングが格段に困難であること,また,げっ歯類の研究の多くでは,自由行動下の動物を用い,歩行や睡眠などθ波が出現しやすい条件下で脳波記録が行われてきたのに対し,霊長類,特にサルの研究では拘束下または麻酔下で脳波記録が行われてきたことを考慮する必要がある.これまでわれわれの研究室では,環境内の特定の場所をコードするニューロン(場所細胞)がラットばかりでなくサル海馬体にもあることを明らかにしてきたが,実際にこれらニューロンの場所応答性も,動物が頭部を固定された状態(拘束下)で,かつ,受動的に移動させられた場合には消失することがわかっている. そこで本研究では,自由行動下の動物の海馬体から脳波とニューロン活動を同時記録する実験システムを確立し,サルが自由行動下(歩行時)または睡眠時に,1)θ波が優位に出現するようになるか,2)海馬体脳波に相関したニューロン活動がみられるか明らかにすることを企画した.今年度(平成12年度)は,1匹のサルを用いて,首輪だけをつけた状態で実験室内を自由に歩き回ることを訓練し,海馬体脳波とニューロン活動を記録した.その結果,サルでも自由行動下(歩行時)ではθ波が出現する確率の上がることが明らかになった.しかし,ラットのように歩行時に必ず明瞭なθ波が出現するわけではなく,サル海馬体でのθ波出現の必要条件はほかにもあることが推察された.現在は,この条件が何であるかを明らかにするため,2頭目のサルをトレーニングしていると同時に,睡眠下での脳波記録や海馬脳波とニューロン活動の相関を解析するための準備を行っており,来年度はこれらの点を重点的に調べる.
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