2001 Fiscal Year Annual Research Report
サミュエル・ベケットの作品に見られる錬金術の思想に関する研究
Project/Area Number |
12610512
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Research Institution | Waseda University |
Principal Investigator |
岡室 美奈子 早稲田大学, 文学部, 助教授 (10221847)
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Keywords | ベケット / 錬金術 / アイルランド / 演劇 / 図像学 / W・B・イェイツ / ジョイス / オカルティズム |
Research Abstract |
昨年度に引き続き錬金術の図像のデータベース化と資料のデジタル化によるベケット作品の図像学的考察を行なうとともに、今年度はヨーロッパにおける壮大な錬金術思想の系譜にベケットを位置付けるという作業を試み、一応の成果を挙げることができた。本研究では、いわゆる「魔術的ルネサンス」の終焉後闇の文化史として近・現代に至るまで脈々と継承されてきた錬金術思想が、近代合理主義を極限まで追求しその崩壊を体現してみせた作家と言われるベケットの作品の成立に実は深く関与していることを、初期から晩年に至る作品群の緻密な分析と象徴的イメージの抽出により例証した。さらにダンテ、ブルーノ、シェイクスピア、ランボー、イェイツ(W・B)、ジョイス、ユング、ブルトンらからの影響を根本的に洗い直し、ベケットの錬金術思想がいかなる知的・文化的刺激のもとに形成されたかを考察した。彼らがベケットに与えた影響は個別的には先行文献において既に指摘されているものの、時代や文学的傾向等が千差万別であるこれらの芸術家や思想家を結ぶ鍵が錬金術であったこと、言い換えればベケットの関心の根底には常に錬金術思想が存在していたことを明らかにした点は本研究独自の成果である。ベケットの錬金術思想の形成は初期には主としてジョイスに、後にはイェイツに負うところが大きいと考えられるが、彼らから継承した「相対物の結合」という錬金術の根幹とも言うべき概念が自我の分裂というテーマと終生向き合ったベケットの作品を読み解く重要な鍵であることを明らかにしたことにより、ベケット研究に確実に新たな光を当てることができたと思われる。本研究の成果の一部がベケット研究では最も権威あるJournal of Beckett Studiesに日本人として初めて掲載されたことは、本研究がベケット研究の新たなアプローチとして国際的にもその意義を認められたことを示していると言えよう。
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