Research Abstract |
温度の変化にともなって物質の色が可逆的に変化する現象はサーモクロミズムとよばれ,古くから化学者の関心を集めてきた.多くの場合,温度の上昇とともに着色が起こり,温度の低下とともに退色が起こる.この色変化は,通常,淡色体と濃色体との間に化学平衡が存在し,それが温度変化にともなってどちらか一方に片寄ることに起因すると考えられている.つまり,サーモクロミズムは,一般に,物質による光吸収が温度によって変化する現象であって,紫外可視吸収スペクトルの温度変化に対応するものと理解されてきた.しかし,物質が可視光を発し,発光強度が温度によって変化する場合には,それによっても色変化が起こるはずである.その発光が蛍光であれば,蛍光によるサーモクロミズム,すなわち,蛍光サーモクロミズムが発現することになる.しかしながら,有機結晶についての蛍光サーモクロミズムはほとんど報告例がない.本研究では,代表的な有機サーモクロミック結晶であるサリチリデンアニリンのサーモクロミズムを検討した.そのサーモクロミズムは,これまでエノール形とケト形の互変異性平衡の移動に起因するとされてきた.今回,温度変化拡散反射スペクトル,蛍光スペクトルを測定し,さらに蛍光量子収率の温度依存性を調べることによって,この結晶中では互変異性平衡は常に存在するものの,色変化は主として蛍光に支配されていることを見出した.すなわち,サリチリデンアニリン類のサーモクロミズムは,蛍光サーモクロミズムであることが明らかになった.
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