2002 Fiscal Year Annual Research Report
自己犠性と自己疎外と愛の同型性についての思想史的・精神史的研究
Project/Area Number |
14510052
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Research Institution | Nagoya University |
Principal Investigator |
田村 均 名古屋大学, 大学院・文学研究科, 教授 (40188438)
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Keywords | ルース・ベネディクト / 『文化の型』 / 文化相対主義 / 西洋近代思想 / 個人主義 / 自己 / 自由 / 人類学 |
Research Abstract |
本研究の主題は、自己犠牲と自己疎外と愛の三つの行為類型である。これらは、いずれも、個人に現実の自己放棄を強いつつ理念上の自己実現を約束する。この、自己放棄と自己実現の通底する構造は、人間の共同生活の一個の逆説である。この逆説的構造の分析が本研究の目的である。今年度は、思想史の中で、西洋近代の自己実現の教説がこの逆説的構造と出逢う場面を取り上げて考察した。 考察の対象は、人類学者のルース・ベネディクトである。ベネディクトは、主著『文化の型(1934)』において、各文化の価値体系を尊重する文化相対主義の立場をとった。だが、この文化相対主義には、西洋近代思想への暗黙のコミットメントが伴っていた。ベネディクトは、個人とは、統合されたパーソナリティを備え、自己決定を遂行する自由な主体であって、社会はこの自己決定を支援し擁護することを主務とする、という考え方を暗黙の準拠枠としていた。彼女の文化相対主義は、この個人主義と自由主義の教説を、社会相互の関係に拡張した帰結である。 『菊と刀(1946)』において、ベネディクトは、日本の恩の概念が物心両面の負債の返済を含意しており、その限りで愛を意味しうることを見出した。これと対比して、彼女は、西洋において愛は外的拘束を離れて自発的に与えられるものである、と繰り返し確認している。 ベネディクトは、真の義務概念は純粋な自発性にのみ基礎を置く、というカント的理想の圏内におり、愛の自発性を信じていた。しかし、他方で、相互の債務関係が長期的な社会的紐帯を作り上げる、という社会人類学的な事実に無自覚ではなかった。『文化の型(1934)』から『菊と刀(1946)』へ至るベネディクトの歩みは、近代的個人の理念が社会的紐帯の形成に結びつく上での概念的な困難を、人類学的な観察事実に即して自覚する過程である。この困難は現在でも未解決の難問である。
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Research Products
(1 results)