Research Abstract |
聴覚障害児において「心の理論」の獲得が遅れることが,明らかにされてきている(Peterson & Siegal,2000)。ただ,その遅れは絶対的なものではなく,native signerの家庭で育った子どもの場合,遅れは少ないとされている(Courtin & Melot,1998)。ここから,手話も含めて広く言語を用いて,「いま,ここ」にない"不在のもの"(木下,2001)がどの程度,コミュニケーションの対象となっているかが,心の理解の発達に重要な役割を果たしていることが推察される。2〜3歳という時期は,獲得しつつあるコミュニケーション手段を活用しつつ,"不在のもの"をおとなと共同して表現し始める頃である。そうした活動がどのように開始されてくるのかについて、聴覚障害児を対象に、写真を用いた共同想起場面を分析して明らかにした。 聴覚障害をもつ1,2歳児の母子12組を対象に,節分の2週間後に,その時の写真を提示し,写真に写っていないことも含めて対話してもらった。1歳児は写真に写っていない過去の出来事や心的状態に言及していないのに対して,2歳児は頻度に違いはあるが言及していた。1歳児はほぼ写真に写ったものがトピックになっていたと言える。また,母親からのhow質問(どうだった,どのようにして)がなされ成立していたのは2歳児だけであり,"不在のもの"を共有してこの種の質問が成立することが示された。 最も"不在のもの"をめぐる対話が成立していた2歳児は,母親がsignerであり,互いに手話を交えた対話をしており,手話の早期活用の有効性を示唆するものである。子どもの発話を繰り返し受けとめてから,その内容を精緻化するための質問を重ねることで,過去や心的状態に関する子からの応答が増える傾向を示した。
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