2004 Fiscal Year Annual Research Report
スターリン時代の文化政策における検閲システムをめぐる歴史的研究
Project/Area Number |
14510602
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Research Institution | Tokyo University of Foreign Studies |
Principal Investigator |
亀山 郁夫 東京外国語大学, 外国語学部, 教授 (00122359)
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Keywords | 全体主義 / 検閲 / スターリン主義 / プロコフィエフ / ショスタコーヴィチ / 二枚舌 / 公共の嘘 / 「音楽ならざる荒唐無稽」 |
Research Abstract |
本年度は、二人の作曲家を中心に、スターリン主義、および検閲権力との関わりについて研究を行った。 1)セルゲイ・プロコフィエフ(1891-1953)は、1935年に故国ソヴィエトに帰国してからスターリンと同じ1953年に没するまでの18年間、スターリン権力とつかず離れずの関係を保ってきたが、最近、ロシア国内で出たいくつかの研究を通してその関係の実態が明るみになった。彼の作品には、明らかにスターリン権力との宥和を図り、検閲パスをつねに年頭に置きながら書かれた作品が数多くあること(『革命20周年記念カンタータ』『祝杯』ほか)、同時に、それらを担保としつつ、作曲上の実験を行っていること(一連の「戦争ソナタ」)、さらにはショスタコーヴィチと同様に、作品内部にいくつかのモノグラムの仕掛けがあることを明らかにした。しかし、「旋律」と「簡潔」と音楽的理想の実現をめざしてソヴィエトに帰国した作曲家自身のもくろみは概ね実現され、プロコフィエフの音楽観にも、「スターリン主義者」としての一面が揺曳している事実を明らかにした。 2)ドミートリー・ショスタコーヴィチ(1906-1975)と検閲の関係をめぐるモノグラフを執筆中である(2006年、平凡社より刊行予定)。その手始めの作業として現在『レコード芸術』に連載中(すでに1月〜5月まで執筆済み、5月号は、4月20日発売)の論文では、1917年から1928年までの初期の部分をカバーした(400字詰めで約80枚)。ここではまだ、検閲による圧力よりも、むしろ革命政権と共同歩調をとろうとする若い作曲家の真摯な意欲が見られるが、交響曲第1番において用いられている「怒りの日」のモチーフ(グレゴリオ聖歌に由来し、その後、彼の多くの作品に反復して使用される)には、革命に対する、マルクス主義、レーニン主義に対するシンパシーとはまったく別質の、グノーシス主義的とも呼ぶことにできる独特の観点が存在することを明らかにした。また、北海道大学スラブ研究センターから刊行される『サンクトペテルブルグ文化論(仮題)』(望月哲男編)には、「不吉なタンバリン-ショスタコーヴィチのレニングラード交響曲」と題する論文を提出済みである(400字詰めで約75枚)。ここでは、第二次世界大戦中、反ナチスレジスタンスをテーマとしたこの交響曲におけるレハール・モチーフ(『メリーウィドウ』)の象徴性について検討を行い、作曲家における「二枚舌」および「公共の嘘」を利用しようとする姿勢があることを明らかにした。
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