Research Abstract |
本申請研究は,複数種の生物種の相互作用によって構成される生態系における,種間相互作用の断絶による生態系の安定性の変移についての理論生物学的議論に関する数理モデルの構築とその解析を対象とするものである。本研究が観点とするような,種間関係自体が消滅した場合の生態系の安定性に関する議論は,相互作用が永続している場合の議論とは,生態学的にも,数学的にも区別されるべきであり,数理モデル研究としても,あるいは,生態学的問題としても意義ある新しい設定として興味深いテーマである。 申請者は,過去の研究により,Lotka-Volterra型相互作用による二種競争系において,競争関係の断続性は,競争二種の共存可能性を高めるだけではなく,競争関係における優劣をより大きくする場合があることを示した。昨年の研究により,個体群サイズの変動ダイナミクスのみではなく,さらに,個体群の空間分布変動を二種競争系に拡項として導入し,二種の個体群の空間分布における分布拡大,縮小の問題を反応拡散方程式系による進行波(travling wave)の問題として考察し,競争関係の断続性によって,二種の空間分布が重複し,空間で二種が共存するための,断続性の特性が存在することが示された。また,その条件が,空間分布を考えなかった従来の個体群サイズ変動ダイナミクスで得られた結果と数学的に同等である可能性が数値計算によって示唆された。 今年度の本研究では,「直接的競争による巻き添え競争の緩和が起こす被食者の共存」の可能性を,Lotka-Volterra型の捕食者一被食者系に関して検討した。直接的競争関係のない被食者が共通の捕食者をもつとき,捕食による捕食者増殖に伴い,ある被食者が絶滅に向かうことがある。これを「巻き添え競争(apparent competition)」と呼ぶことがある。しかし,本研究の解析により,そのような種間関係であっても,被食者間の適当な直接的競争が生じれば,被食者間競争による被食者の個体群サイズの相互抑制により,捕食者が絶滅したり,捕食者と全ての被食者の共存が実現したりする可能性が示唆された。このことは,ある食物連鎖において,ある被食者間の競争関係が断絶することにより,巻き添え競争効果が増強され,結果として,被食者の絶滅が起こりうることを意味している。有名なGauseの競争排他律は,競争関係にある種の共存の難しさを示唆しているが,本研究の結果,競争関係は,共存を促進する種間関係たりうることが示された。この相反する競争関係の効果は,生態系の安定性において,重要な因子であると考えられる。安定に存在する生態系における競争関係は,この意味で,共存の促進の役割を果たしている可能性がある。一方,新しい種の加入は,その種と既存種の間の競争関係の有無のみならず,新種が既存の捕食者にどのように捕食される種であるかにも依存して,生態系の不安定性を生じさせ,スケールの大きな生態系変移を引き起こす可能性がある。
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