2002 Fiscal Year Annual Research Report
昭和初期の和製ミュージカル映画に関する基礎調査研究〜ナラティヴの成立過程を中心に
Project/Area Number |
14710025
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Research Institution | Waseda University |
Principal Investigator |
笹川 慶子 早稲田大学, 文学部, 助手 (30339642)
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Keywords | 和製ミュージカル映画 / ハリウッド・ミュージカル映画 / 小唄映画 / 明治・大正期の映画常設館 / 日本映画史 / 唄、歌、音楽 |
Research Abstract |
本年度は、まず「和製ミュージカル映画」の範囲を同定するため、1925年から1936年までの『キネマ旬報』誌を中心に、その製作・公開状況を調査した。その結果、約300件のデータが検出された。このことから、ハリウッドと同じく、日本でも唄入り映画が相当数作られていたことわかった。とりわけ1929年から1930年にレコード産業と連動する形で小唄映画(唄入り無声映画)の大ブームが起きたこと、1933年から1936年に多様な唄入り映画がPCL、松竹、日活、新興などの製作会社で作られ、消費されていたことが判明した。この調査結果に関しては現在データーベース化をすすめている。しかし、情報の精度を高めるには更なる調査、検討が必要である。 調査の過程で、「和製ミュージカル映画」の成立を考えるには、1925年以前の日本映画における唄と映画の関係が非常に重要であることが新たにわかった。これまでの映画史では、1920年代末を境に、無声映画と発声映画に分類し、その境界の正当性を信仰してきた。その結果、1920年代以前の唄入り映画に関しては、まったく無視されてきた。ところが、映画の渡来以降、日本の常設館において、唄と映画の非常に豊かな相互関係が形成されていったこと、1925年以前からすでに唄入り映画が製作され若者の人気を博していたことなど、数々の興味深い事実が明らかになった(詳細は「小唄映画に関する基礎調査--明治期から大正期を中心に--」参照)。この結果は、日本映画における唄と映画の関係の重要性と多様性を示すものであるとともに、日本映画の特異性あるいは他国との同時代性を証明する非常に興味深い事例であると考えられる。この問題は、来年度の研究訓画とも関連するため、今後更に研究をすすめていきたい。 こういった新たな発見があった反面、本年度のもう一つの目的である「ハリウッド・ミュージカル映画との影響関係」の調査が遅れている。この遅れの主な原因は、1927年から映画が歌いだすという、いわゆるハリウッド・ミュージカル映画の定説そのものが疑問に思われてきたからである。つまり、いわゆる「無声映画」時代の日本映画に、これだけ豊かな唄と映画の関係があったのであれば、ハリウッドにおいても同様の現象が起こっていたであろうことは十分に考えられるのである。したがって、来年度は、調査の対象範囲を広げ、1920年代のハリウッド映画から再調査する必要がある。なお、この視点からの研究はアメリカでもまだほとんど行なわれていないことがわかった。
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Research Products
(1 results)