近代日本の初等教育における民俗文化と学校文化の相克と連関

2003 Fiscal Year Annual Research Report

• Project/Area Number: 14710198
• Research Institution: Musashi Institute of Technology
• Principal Investigator: 佐藤 英二 武蔵工業大学, 工学部, 講師 (20339534)
• Keywords: 算術教育 / 生活 / 教科書 / 文体

Research Abstract

本研究は、数と量に関して近世以来受け継がれてきた慣習と近代学校での初等算術教育との関係を考察することを目標としている。研究期間の二年目にあたる平成15年度は、初等教科書の中に児童の日常生活がいかに扱われているかという問題を、教科書の文体をも考慮しつつ検討した。参照した教科書は、最初の国定教科書(第一期。時期区分は『日本教科書大系』による)、義務教育年限延長に伴う改訂版(第二期)、第一次大戦後の教育改革運動に対応した改訂版(第三期)、メートル法導入に伴う改訂版(第三期改訂版)、および以上の「黒表紙教科書」を全面的に改訂した「緑表紙教科書」(第四期)の五種である。
その結果、次の点が明らかとなった。第一期の教科書では児童の日常生活が教科書に導入された場面がわずかであり、教科書の大半を占めていたのは、児童が将来参加すべきとされた社会的経済的な数量的世界(小作人の納めるべき小作料に関する問題など)であった。この教科書において、児童に必要された数学的リテラシーは、児童の日常生活から独立したものとみなされており、教科書は、児童の生活から自律的に存在すると想定された対象問の関係(つまるところ真偽)を問う場となっている。
しかし時代が下るにつれて、児童の日常生活が教科書に導入されていった。第二期には兄弟の背比べに関する問題が、第三期には児童が算術の宿題を解く場面を含む問題が取り入れられた。さらに第三期改訂版には、ミノルサンなどの児童の名が多く登場し、羽根突きなど児童の遊びが教科書に取り上げられただけでなく、「ボクトイモウトト、カキヲ一ツヅツタベマシタ」という一人称(私)で語られる問題が導入された。ここには算術教科書が、真なる事柄を系統的に記述した文書というかつての性格を弱め、児童の日常的な数量的生活の変革という新たな教育目的を満たすための機能に変化したことが示されている。