2002 Fiscal Year Annual Research Report
Project/Area Number |
14710238
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Research Institution | Keio University |
Principal Investigator |
中島 圭一 慶應義塾大学, 文学部, 助教授 (50251476)
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Keywords | 貨幣 / 日本 / 中世 / 銭 / 金 / 銀 |
Research Abstract |
まず、15世紀末〜17世紀前半を中心として、銭貨及び金・銀の使用に関わる文献史料の収集を行った。具体的には、京都周辺の史料として「お湯殿の上の日記」「大徳寺文書」など、九州及び中国地方の史料として「相良氏法度」「相良家文書」「島津家文書」や「大内家壁書」「毛利家文書」「吉川家文書」「小早川家文書」などに注目し、貨幣関係のデータの蓄積を進めた。その結果、京都を含む西日本において、贈答品ないし貨幣としての銀の使用が広がるのは意外に遅く、京都周辺で永禄年間半ば(1560年代半ば)が画期であるという見通しが補強された。なお、同じ頃に京都や近国で撰銭令が盛んに発せられる事実は、銭を含めた通貨の変動がこの時期に起こっていたことを示唆している。また、九州・中国地方でも16世紀後半のかなり遅い時期まで、金の使用が存続していることも確かめられた。 他方、考古資料のデータ収集にも努め、銭貨出土地の現地調査も実施した。現地調査は、中世日本の域外にあって大陸との関係が深い琉球(沖縄)に重点を置き、中世日本ではあまり受け入れられなかった大銭や、中世末期から近世の琉球に特徴的な無文銭(鳩目銭)に注目した。また、中世日本と北方世界との窓口に当たる北海道南部にも出張し、函館の志海苔出土銭、上ノ国町の勝山館出土銭を実見した。ここで目を引かれたのが勝山館出土の大銭で、中世日本でほとんど見られない大型の銭がこの地に存在する事実が、中国大陸との(日本を間にはさまない)直接の交流を意味するものと言えるかどうかという、重大なテーマが浮上した。
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