Research Abstract |
複雑な図形を視覚刺激として使用した,遅延見本合わせ課題遂行中のサル下側頭皮質やV4野からの慢性ニューロン活動記録実験では,同一の視覚刺激に対するニューロン応答であっても,刺激が見本刺激として使用される場合と,正解テスト刺激として使用される場合でニューロン応答が異なることが報告されている.見本刺激は記憶情報の符号化(encoding),テスト刺激は再認(recognition)に用いられることから、このようなニューロン応答の違いは,これら個々の認知過程を反映するものと考えられる.本年度は,昨年度に引き続き,以下の2種類の「顔」に基づくアイデンティティ認知を要求する遅延見本合わせ課題(I-DMS課題),すなわち,見本刺激回転タイプとテスト刺激回転タイプ(以下に説明.)を遂行中のサルの上側頭溝前部領域および下側頭回前部領域から「顔」ニューロン応答の記録・解析を行い,アイデンティティ認知において「顔」の符号化や再認に関係するニューロン応答を詳細に調べた. 認知課題(1)I-DMS課題-テスト刺激回転タイプ:サルが固視点に注視後、見本刺激が呈示され,一定の遅延期間後,様々な人物の「顔」からなるテスト刺激が呈示される.「顔」刺激には既知の人物の「顔」を,7方向(左右横向き,左右斜め向き,および正面向きを含む)から撮影したデジタル画像を使用する.サルは見本刺激と同一人物の「顔」刺激を同定することが要求される.(永福ら,2004,参照.) 認知課題(2)I-DMS課題-見本刺激回転タイプ:認知課題(1)(I-DMS課題-テスト刺激回転タイプ)と類似の認知課題だが,サルに様々な向きの「顔」からなる見本刺激と正面向きの「顔」からなるテスト刺激とを比較させる.時間経過や固視点に関しては認知課題(1)と全く同一である. 実験の結果,上側頭溝前部領域および下側頭回前部領域それぞれで,テスト刺激回転タイプと見本刺激回転タイプの比較により,同一の向きの「顔」刺激であるにも関わらず,見本刺激回転タイプで見本として使用された場合よりも,テスト刺激回転タイプで正解テスト刺激として使用された場合に,ニューロン応答が有意に増強する「顔」ニューロン(従って,記憶情報の再認により重要な「再認」ニューロン)やその逆のパターンをとる「顔」ニューロン(従って,記憶情報の符号化により重要な「符号化」ニューロン),および見本刺激回転タイプで見本として使用された場合とテスト刺激回転タイプで正解テスト刺激として使用された場合のニューロン応答がほぼ等しい「顔」ニューロンが存在することが明らかになり,それぞれ記録総数の約1/3に相当した.しかしながら,上側頭溝前部領域および下側頭回前部領域それぞれで,これらの各型のニューロンは混在しており明確な局在はなかった.さらに,下側頭回前部領域の一部の「顔」ニューロンの応答潜時は,認知課題(2)(I-DMS課題-見本刺激回転タイプ)遂行時のサルの行動反応時間と有意な正の相関を認め,研究代表者らの認知課題(1)(I-DMS課題-テスト刺激回転タイプ)における過去の知見(永福ら,2004,参照.)を異なる認知課題で再現した. 以上の結果は,アイデンティティ認知における「顔」の符号化や再認が,上側頭溝前部領域および下側頭回前部領域の,分散した「顔」ニューロン集団に介在されていることを示唆している.
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