2015 Fiscal Year Annual Research Report
サミュエル・ベケットと知覚--分離と統合をめぐる理論と実践の研究
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14J07070
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Research Institution | The University of Tokyo |
Principal Investigator |
宮脇 永吏 東京大学, 総合文化研究科, 特別研究員(PD)
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Project Period (FY) |
2014-04-25 – 2017-03-31
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Keywords | 絵画と文学 / 抽象絵画 / サミュエル・ベケット / ジュヌヴィエーヴ・アース |
Outline of Annual Research Achievements |
採用二年目となる本年度は、サミュエル・ベケットと抽象絵画との関係性に踏み込んだ研究を行い、手ごたえのある成果を得た。前年度のフランス出張時に集めておいた数々の資料がもとになっており、前年度からの研究の前進という上でも満足のいくものとなった。 前年度の時点までは、主に知覚主体とその対象との関係性が可逆的であるということ、つまり、知覚される対象は物質ではなく知覚主体そのものでありえ、知覚主体もまた対象物であるという観点から考察を進めてきた。サミュエル・ベケットの1970年前後の作品群において、このような相互的な知覚の関係性を理論化しようとする動きが顕著であったため、本研究の対象はこの年代の作品分析に移っていたが、本年度は視点を変え、この時代のベケットの短い作品群に挿画を寄せたフランスの抽象画家たちとの共同作業のなかに、見るという知覚をともなう文学的実践の在り方を探すことにした。収集した資料から、とりわけジュヌヴィエーヴ・アースという画家とベケットとの共作『放棄されたもの』の分析を進めたが、これまで全く研究対象とされてこなかった希少本であり、最も完成した形で詩的散文と抽象画が共鳴し合った秀作であるだけでなく、この時代のベケットの言語観を知覚主体と対象の問題として定義することができる。ベケットは早くから「非‐語の文学」を理想として語り、「カンディンスキーのように、抽象言語へと向かった」と自認していたが、この後期散文作品を1949年代の絵画論と比較検討することによって、1970年頃には、求めていた抽象絵画と同質の世界観を言語表現において獲得していたということが明らかになった。これによって本研究は、ベケット作品における知覚の言語的実践を分析するという研究課題の中核へとたどり着いた。今後さらに舞台作品などについても同様に検討を続ける予定である。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
1: Research has progressed more than it was originally planned.
Reason
当初の研究計画と比しても、本年度は順調に研究を遂行できたと言うことができる。①「抽象化」の概念の考察、②カンディンスキーをはじめとする「抒情的抽象」の系譜の確認とそれに対するサミュエル・ベケットの所見を考察すること、③美術史家ジョルジュ・デュテュイとの往復書簡における作品外での抽象絵画論の深化の過程を検討すること、④戦後パリの抽象画家との共同制作における言語の分析、以上のすべてにおいて一定の満足のいく成果を得ることができた。
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Strategy for Future Research Activity |
最終年度には、研究を進めるというだけではなく、初年度・二年目の成果を随時振り返り、また補強していく作業が必要となると考えている。 最終年度に予定しているサミュエル・ベケットとモーリス・メルロ=ポンティとの相違を検討するという作業には、前年度から行ってきた抽象絵画論が有効な切り口として機能するはずである。メルロ=ポンティにとってのセザンヌ絵画の意義と、ベケットにとっての抽象絵画の比較は、双方にとっての言語観および感覚論をやがて浮き彫りにするものとなる。したがって、今後の研究は予定通り、二年目の延長線上にあるものとして継続していくことができるであろうが、これまでの研究の振り返りの期間ともなろう。
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Research Products
(5 results)