2014 Fiscal Year Annual Research Report
20世紀ルーマニア亡命者の文学における「祖国」表象についての文化的研究
Project/Area Number |
14J09334
|
Research Institution | Tokyo University of Foreign Studies |
Principal Investigator |
阪本 佳郎 東京外国語大学, 総合国際学研究院, 特別研究員(DC1)
|
Project Period (FY) |
2014-04-25 – 2017-03-31
|
Keywords | ルーマニア文学 / 亡命文学 / 東欧文学 / エクソフォニー / バイリンガリズム / 国際研究者交流 / ルーマニア |
Outline of Annual Research Achievements |
本年度においては、博論執筆のために不可欠な情報の蓄積、分析手法の確立を目標に研究を行った。アンドレイ・コドレスクやシュテファン・バチウといったルーマニアを亡命した代表的な作家たちの文学と祖国との関係性を考察するため、祖国ルーマニアを訪ね、作家たちの亡命先での足跡を辿り、一次文献や研究資料の収集・渉猟・分析を行った。 2014年6月~8月にかけて、ルーマニア、ドイツ、フランスにて在外研究調査を行った。ルーマニアにおける調査では、バベシュ・ボヨイ大学文学部「想像力についての研究」センターの主任であるルクサンドラ・チェセレアヌ教授から多大な助力を得ることができた。彼女はコドレスクとも親交をもつ詩人であり、彼が40年振りにルーマニア語で書くこととなった交換詩『赦された潜水艦』の共著者である。この書物は、亡命作家と祖国の作家の交換詩として話題を呼ぶとともに、何よりコドレスクが、本書の執筆・出版を機に亡命先アメリカからルーマニア文学の世界へ帰還を遂げたことにおいて、ルーマニア亡命文学の現在の動態を考察する上で、最も重要な作品となった。滞在中、チェセレアヌ教授に、幾度となくインタビューを行うことができ、コドレスクの文学的変遷やルーマニア的な要素、同書の成立の経緯などを明らかにできた。この成果を口頭発表「祖国への帰還と言語の回帰――ルーマニア亡命詩人アンドレイ・コドレスクの『赦された潜水艦』」(世界文学・語圏横断ネットワーク、2014年9月、京都:立命館大学)にて報告した。同書に焦点をあてて分析を試みた本報告は、ロシア・東欧文学分野のなかで未だ十分に研究されていないルーマニア文学のアクチュアリティを世界文学的視野の中で描きだした意味において、また同地域出身の亡命者たちが冷戦終結後、祖国との関係をいかに更新することとなったのか、そのあり方の多様性を新たに提示した意味において、多分に価値あるものと考えられる。
|
Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
本年度における研究活動は、当初の研究目的を達成するために適切な手順と内容でもって遂行されたものとして、十分に評価されるものと考えている。2014年6月~8月にかけて、ルーマニア、ドイツ、フランスにて、文献資料の収集・渉猟、作家や関係者へのインタビューを行った。ドイツでは、ヘルタ・ミュラーやパウル・ツェランといったドイツ語で執筆した亡命詩人たちに関わる文献資料、フランスではトリスタン・ツァラ、マテイ・ヴィシニヤク、エミル・チョラン、ゲラシム・ルカらのフランス語に執筆言語を変えて書いた作家たちの著作やその文学に関する研究書を幅広く収集・渉猟することができた。研究対象たるルーマニア亡命詩人の足跡を自らの足で追い、広く文献の収集・渉猟がなされたことに加え、作家たちの人間関係にまで踏み込んでインタビューを行えたことによって得られた情報・経験の蓄積は、今後の研究に大いに資するものと考える。とりわけルーマニアでは、ルーマニア文学の本質に精通した詩人であり、亡命詩人たちと親密な交流をもつチェセレアヌ教授と交流をもつことができた。彼女は共産党全体主義の抑圧についての文学・記憶学研究の第一人者でもある。彼女に研究指導を仰ぐことができるということは、ルーマニア亡命作家たちの背後にある体制の抑圧についての広範な歴史学的視点を得ることに繋がり、亡命者たちの文学と生をより深く捉える知見をもたらす。また、在外研究の成果でもある、口頭発表「祖国への帰還と言語の回帰――ルーマニア亡命詩人アンドレイ・コドレスクの『赦された潜水艦』」は、ロシア・東欧出身の亡命者たちが、冷戦終結後、祖国との関係をいかに更新することとなったのか、そのあり方の多様性をアクチュアリティとともに新たに提示した点で、価値あるものとなっている。次年度以降、本年度培われた研究の土台を踏まえて、より精力的に研究成果を発表していくことが期待される。
|
Strategy for Future Research Activity |
20世紀ルーマニア亡命詩人たちの詩的感性の系譜を描き出そうとする本研究は、祖国ルーマニアの文学的伝統と亡命地にて得られた詩的感性がいかに融合し彼らの文学的精神を形成しているのか、彼らの歩んだ足跡を報告者自身も辿り、彼らの残した手稿等の一次資料も収集し分析することで明らかにしようとするものである。 次年度計画では、当初はより広範な亡命地での調査研究(コドレスクのアメリカ、バチウのブラジルやハワイ等)を行う予定であったが、方針を転換し、ルーマニアとスイスを拠点に研究を進めることとした。初年度に、チェセレアヌ教授の知遇を得て、氏の指導下においてルーマニア共産主義体制下の文学とその社会的抑圧の関係性についてよりインテンシヴな研究ができるようになったことが大きな理由である。本分野の研究をルーマニアにてさらに深めることはまたとない機会であり、以後の研究を大いに飛躍させるものと考えられる。また、亡命詩人の共有する文学的感性の源泉たるダダについて研究するべくスイス・チューリッヒにも滞在、トリスタン・ツァラやマルセル・ヤンコをはじめとするルーマニアに出自をもつダダの芸術家たちについての文献・資料の収集・分析を行う予定である。チューリッヒ大学ロマンス語圏研究科に所属されているルーマニア近代文学の先駆的研究者クリスティナ・フォーゲル教授の助言を得て、ツァラをはじめとする亡命詩人の前衛的精神とルーマニアの民俗的想像力の関連性について研究を深めていきたい。これらの調査にて得られたヨーロッパ諸国へ亡命した作家に関する知見を、さらにコドレスクやバチウ、ノーマン・マネアといったアメリカスへの亡命者の文学に接続することが次の年度において求められる。ブラジル・シアトル・ハワイ・ニューオーリンズに年度始めに滞在し、文献資料を収集、詩人や関係者へのインタビューも行う。それらを総括して博士論文を執筆し年度内に提出する。
|
Research Products
(2 results)