Research Abstract |
文化財の虫やカビなどによる生物被害の防除は,温暖なわが国においては極めて重要な問題である。しかし,オゾン層の保護のため,かねてより文化財燻蒸ガスとして広範に用いられてきた臭化メチルの使用が2004年末に全廃され,これに代わる方法の導入が現場から強く要請されている。しかし,燻蒸剤は殺虫・殺菌効力が高い一方で,文化財材質へも同時に化学的影響を及ぼすことも事実であり,近年の文化財保存分野における大きな関心事になっている。とくに,自然史系の博物館では,近年,DNA資源による系統解析がさかんになっているなか,頻繁に使用する燻蒸剤がDNAに悪影響を及ぼさないかという問題は切迫した課題である。 これまでに,種々の殺虫燻蒸剤や薬剤を用いない殺虫法について一般的な処理条件でDNAへの影響を検討してきたところ,臭化メチル,ヨウ化メチル,酸化エチレン,酸化プロピレンなど殺菌効果を有する薬剤で燻蒸を行うと,資料に含まれるDNA分子の断片化の原因になり,その後のPCRによるDNAの増幅,DNA解析にも影響を及ぼす場合があることが明らかとなった。これに対して,異なる作用機作で働く殺虫燻蒸剤のフッ化スルフリルや,いわゆる薬剤を使用しない二酸化炭素処理,温度処理などの殺虫法では,DNAには明らかな影響はみられなかった。 本年度は、DNAに影響を及ぼすことがわかった燻蒸剤などが,資料のタンパク質成分に及ぼす影響についてもあわせて調べた。その結果,一部の燻蒸剤が,標本資料のタンパク質に変性を促すなどの作用があることが明らかになった。タンパク質の種類によってはほとんど影響を受けないものもあり,タンパク質の構造とあわせて興味がもたれる。DNAへ顕著な影響があった燻蒸剤が必ずしもタンパク質に同様の影響を及ぼすわけではなく,またDNAへほとんど影響がなかったものが,逆にある種のタンパク質には大きく影響する場合もあった。この結果は,英文雑誌に成果論文として公表する予定であり,現在準備をしている。
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