Research Abstract |
ポリ乳酸は主鎖に不斉炭素を含み,L体とD体に分類できる.一般の生体由来のポリ乳酸は主にL体で構成されているが,L体の分子鎖とD体の分子鎖を等量混合したラセミ体からは,両分子鎖が対をなしたステレオコンプレックス(SC)晶が形成されることが知られている.ここで驚くべきことは,このSC晶の融点が230℃とα晶の融点より60℃程度高いことである.従って,ポリ乳酸繊維にSC晶を形成させれば,著しい高耐熱化が達成できる可能性がある.そこで本研究では,ポリ乳酸繊維の製造プロセスにおける,繊維軸方向に分子鎖が高度に配向したSC晶の形成条件を明らかにすることを目的とする. 具体的には,ポリ乳酸ラセミ化合物(r-PLA)を用いて溶融紡糸を行った.紡糸温度を230および250℃とし,吐出量を3および5g/minとした.各紡糸条件において紡糸線上での直径変化を測定し,as-spun繊維および延伸・熱処理繊維について複屈折,DSC, TMA,広角X線回折(WAXD)測定および引張試験を行った.紡糸線の細化曲線にネック状変形が現れた巻取速度4km/min以上で,α晶の反射に加えて,ステレオコンプレックス(SC)晶に対応する(100)の反射が赤道の最も内側に確認でき,巻取速度の増加に伴いSC晶の結晶反射強度が相対的に強くなった.ネック状変形に伴う固化点の位置は巻取速度の増加および吐出量・紡糸温度の低下に伴い紡糸口側にシフトしたことから,より高温で配向結晶化が起こることによりSC晶の形成が促進されると考えられる.延伸・熱処理した1km/minの繊維にはSC晶のみの結晶反射が確認されるが,C軸配向とランダム配向の2種類の配向様式が混在している.熱処理した6km/minの繊維の場合,高配向であるSC晶が確認され,また高配向のα晶の反射が混在していることが分かる.なお,観測されたα晶は,熱処理をα晶の融点より高い190℃で行っているため,熱処理後の冷却過程で形成されたものと,当初は考察した. さらに,得られた繊維の昇温過程の構造変化を解析した結果,6km/minの繊維ではガラス転移およびSC晶の融解ピークは明瞭に観測されるのに対し,α晶の融点付近では,わずかな吸熱・発熱ピークしか観測されなかった.これは原繊維がα晶を含むことを考えると予想外の結果である.さらにこの繊維について,赤道方向のX線回折強度の昇温に伴う変化を測定した結果,ガラス転移温度付近からα晶の反射ピーク強度が増大するが,120℃以上になると徐々にα晶の強度が減少し,それと同時にSC晶の強度が増大した.この結果はα晶の融点以下で,α晶からSC晶への転移という特異な現象が起こっていることを示唆している.なお,SC晶を多く含む試料では,α晶の融解温度が高くなることも確認された.従って,上記の熱処理した高速紡糸繊維中のα晶は,融解せずに残っていた結晶と考えることができる。
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