Research Abstract |
白内障は様々な原因によって水晶体が混濁する疾患である.白内障の大多数を占めるのは,後天性白内障で,その代表は加齢白内障である.加齢白内障の発生機序は今だ不明な点が多い.一方,ステロイド薬の全身投与,抗精神薬投与などの中毒性白内障や外傷白内障など,疾患の誘因が明らかな白内障症例も少なくない.水晶体混濁の機序を内因と外因に分けてみると,外因は外力,赤外線,放射線など単一な因子を幾つか挙げることができるが,内因は複雑な生化学代謝が絡み合い,不明な点が多いのが特徴である.卵白と豚水晶体をともに加温すると,50℃で両者は凝集せず,60-65℃に加温すると,卵白は凝固し白濁を呈するものの,水晶体は軽度の混濁形成に留まる. この現象は「卵白は加温で直ちに凝固するものの,好熱菌の熱ショック蛋白質を加えた場合,卵白は70℃で加温しても凝集しない.」という古典的な熱ショック蛋白質(HSP)が認知された実験結果と同線上にある. HSPは分子シャペロンとも呼ばれ,通常シャペロンは細胞内で合成される蛋白をfoldingし,それぞれの蛋白が産生細胞内で機能発現するのを防ぎながら細胞外に運び,放つ.しかし,一旦,熱ストレスが細胞に加わると,細胞内の蛋白質の変性と凝集の抑制に働く.一般に細胞にストレスが加わると1)細胞内の変性蛋白質が増加,それに呼応しrefoldingするためのHSPが急激に量産される.2)更なるストレスが加わると変性が進み蛋白合成は停止する.3)より強いストレスが加わる条件では残余蛋白が分解され細胞活動が停止する段階に分けられる.加齢白内障の水晶体上皮細胞内でα-crystallinの産生が停止するとの推察がなされている,α-crystallinの産生が停止するに至るまでに,実際は急激産生,産生停止,細胞の機能停止の3段階を経ているものと考える. 本研究では,種々の臨床的にみられる水晶体混濁,すなわち白内障に焦点をあて,α-crystallin遺伝子やTGF-β,などの水晶体上皮細胞固有の遺伝子の発現量をreal time Polymerase Chain Reaction法(定量PCR)で測定した. 外因によるストレス応答に関与する遺伝子のなかでも,副腎皮質ステロイドの代表であるGlucocorticoids遺伝子に焦点をあて,水晶体上皮細胞内の発言量を元に水晶体の混濁過程について外因と水晶体上皮細胞応答を遺伝子レベルで検討した. α-crystallin遺伝子の発現をみると,加齢白内障でnormalized ratio(NR)は0.097,併発白内障で0.027,透明水晶体で0.187と各群間に統計学的有意差がみられた.また,TGF-βの発現量をみると,(NR)は加齢白内障群で0.036,併発白内障で0.060,透明水晶体で5.01と各群間に統計学的有意差がみられた.GCR遺伝子をみると,加齢白内障群で1×10^<-8>であるのに対して,併発白内障群はステロイド点眼やステロイド薬の全身投与の既往が多く1×10^3発現していた.こうした外的ストレスがあたえる水晶体上皮細胞内の遺伝子の動きは,水晶体混濁の形成を考える上で有用と考えた.
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