Research Abstract |
貝殻の殻口の形状と拡大率および巻き軸の方向で殻形態を表すモデルを用いて,様々な種類の二枚貝と笠貝について,そのモデル変量と殻口縁に沿った成長勾配パターンを実際の標本から見積もった.その結果,殻の膨らみや殻口の形状は成長とともに変わりやすい反面,成長勾配パターンは成長を通じて比較的一定に保たれることがわかった.また,成長に伴う殻の膨らみの増加は殻口の後腹縁の伸張を伴う傾向にあり,その傾向は前後非対称の輪郭を持つもので特に顕著であった.そこで,理論形態モデルを用いて,殻口の輪郭や殻の巻き方の違いによって成長勾配パターンがどのように異なるのかをシミュレートした.その結果,前後非対称の殻口を持つ場合,膨らみの増加によって最大成長点がより前方へと移動し,その影響は,殻の巻き軸が縫合面内で前方に沈下している場合ほど少なく,また殻口の後腹縁の伸張によって相殺されることがわかった.一方,殻の巻き軸が反対側の殻に向かって沈下する場合には,最大成長軸が湾曲して殻頂が前方に向く"prosogyrous"な殻形態を呈するが,このような巻き軸方向の沈下は,最大成長点の位置には影響せず,むしろ最大成長点近傍の成長率増加を帰結する. 以上の結果から,外套膜に沿った成長勾配パターンを保ったまま成長を続けた場合,成長に伴う殻の膨らみの増加が後腹縁の伸張と不可避的に連動してしまう場合があることがわかった.前後対称の殻形態を持つものや,最大成長軸が後方に位置する成長勾配パターンを持つものでは,このような制約はそれほど深刻ではないはずなので,より自由に様々な形態を派生しうると考えられる.また,殻の開閉や堆積物への潜入の際に機能的とされる"prosogyrous"な殻形態は,成長勾配の基本的なパターンを変更することなく,殻の成長率を全体的に増加させるだけで実現できることが明らかとなった.
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