Research Abstract |
ナメクジの前脳は匂いの記憶に重要な役割を持つことが従来から示唆されているが,このことを直接示した証拠はない.そこで手術により前脳を除去してから,嗅覚嫌悪学習パラダイムを用いて条件付けを行い,匂い学習が可能かどうか調べた.はじめに,前脳を除去する手術の方法を検討した.その結果,麻酔後,表皮に小さな穴を開け,そこからピンセットを用いて前脳を除去すると,高い割合で回復し,行動実験が可能であることがわかった.そこで,手術後,条件付けを行ったところ,前脳除去群ではほとんど学習が成立しなかった.偽手術群では通常どおり高い学習率が得られた.次に条件付け後に前脳を除去したところ,ほとんどの個体で記憶が失われていた.このことから,前脳は記憶の獲得や保持に必要であることがわかった. 前脳は,嗅覚学習の際の無条件刺激に相当する唇神経束の電気刺激に応答して,局所場電位の振動数を増大させることが知られている.このとき,前脳の抑制性ニューロンであるバースティングニューロンでは,バースト頻度が増大し,主ニューロンであるノンバースティングニューロンは抑制を受ける.これは学習時に,通常とは異なる匂い情報表現が行われていることを示唆している.さらにこの効果は,セロトニンの灌流投与時にみられる変化と類似しており,学習時にセロトニンニューロンが前脳の活動を修飾していることが予想される.前脳にはセロトニン作動性ニューロンが豊富に投射しているが,特に同定されたニューロンであるp-CSCニューロンは前脳の広範囲に投射している.そこでp-CSCニューロンから細胞内記録を行い,さまざまな刺激に対する応答を調べると,唇神経束の電気刺激に応答して興奮することがわかった.定量的な解析から,p-CSCは唇神経束に比較的強い刺激を与えたときに前脳の活動を修飾する働きがあると考えられた.
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