2015 Fiscal Year Annual Research Report
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15F15003
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Research Institution | Kyoto University |
Principal Investigator |
立木 康介 京都大学, 人文科学研究所, 准教授 (70314250)
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Co-Investigator(Kenkyū-buntansha) |
TAJAN NICOLAS 京都大学, 人文科学研究所, 外国人特別研究員
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Project Period (FY) |
2015-04-24 – 2017-03-31
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Keywords | トラウマ的記憶 / 恐怖政治 / ショアー / PTSD / 退役軍人 / 戦争難民 / テロリズム犠牲者 / 精神療法 |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究の目的は、個人および集団が受けた身体的・精神的「傷」(trauma)が文明の発展のなかで演じてきた役割を明らかにすることである。一次資料(歴史学的資料・文書、刊行された書籍、およびフィールド・インタビュー)の精査にもとづき、人類と生物科学、および科学テクノロジーのあいだの学際的対話に貢献することをめざす。従来たんなるトラウマ的経験(人生のなかで起きる辛い経験)とみなされていたものを「病理」、とりわけ精神障害として捉えるようになったのは20世紀になってからだが(第一次世界大戦における戦争神経症を端緒とし、1980年に確立される精神医学的診断「心的外傷後ストレス障害(PTSD)」に結晶化する、トラウマの精神医学化)、本研究ではそこから遡り、まだ研究が進んでいない古代、中世、近世(18世紀以前)の「トラウマ」の歴史を可能なかぎり深く掘り下げる予定である。 平成27年度、外国人特別研究員は、一次資料となる書誌ソースを枚挙的に通覧する作業をはじめ、主に1/ 古代ギリシャ、2/ フランス革命、3/ 20世紀におけるトラウマ(傷)にかかわる文献を集中的に扱った。他方、受入研究者は9月にフランスに赴き、自身の研究(19世紀末から20世紀にかけての、主に精神医学領域における「トラウマ」概念の変遷史)にかかわる資料の収集に当たるとともに、外国人特別研究員による調査の円滑化、および、研究者ネットワークの強化に向けて、同じ分野に取り組む医師や研究者ら(オー・ド・セーヌ県第5インターセクター精神科医師Ph・ラヴェルニュ氏、レンヌ大学教授A・アベロゼ氏、ほか)と意見交換を行った。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
外国人特別研究員の関心は、A/ 古代ギリシャ・ローマにおける「狂気」と「傷」についての記述や記録から、古代社会が「外傷記憶」を概念化していたか否か、B/ フランス革命の恐怖政治期の政治的暴力とトラウマにかかわる歴史的記述の検証、C/ 第二次世界大戦中のショアーの記憶が、戦後のヨーロッパにおける精神医学(の発展)に与えた影響の見きわめ、D/ 現代ヨーロッパにおける戦争トラウマ(退役軍人のPTSD、中東欧に居留する戦争難民や、西欧におけるテロ事件の犠牲者のトラウマ)の諸相の分析、および、E/ 日本における「ひきこもり」の当事者およびその家族の世代横断的トラウマの実態調査(ケーススタディ)に向けられている。これらのうち、平成27年度には、主にA, B, Cのテーマについて、可能なかぎり枚挙的な文献・資料のコーパスの構築がなされた。 それにたいして、受入研究者は、19世紀末から20世紀全般にわたる「心的外傷」の概念史が「精神療法」の歴史の関数であることを、文献・資料の読解を通じて実証的に裏づけることを試みた。古来たんに「傷(疵)」(身体の損傷やモノの損壊)を表していたギリシャ語のtraumaが、一九世紀末に「心的外傷」を意味するようになったことは、それまで一般に脳の障害とみなされてきた心的症状が、精神活動のうちに原因をもつ疾患(患者が抱える苦悩の表現)と捉えられるようになったのとパラレルな変化だった。他方、今日の精神医学的、精神療法的言説において、PTSDにおけるトラウマのような、限定されたタイプの「トラウマ」のみが診断学的に特権的な地位を享受しているように見えるのは、二〇世紀後半以降、生物学と精神薬理学を通して精神医学が被ってきた明白な身体医学化と、そのように身体医学化した精神医学への精神療法の回収、さらには、医学化には同調しない精神療法の実質的な退潮というべき流れと連動しているのであることが明らかにされた。
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Strategy for Future Research Activity |
本研究は今後も、申請書に記載された予定に沿って進められる。 ただ、外国人特別研究員は平成27年度、予定されていたフランスでのフィールドワーク(フランス退役軍人協会、およびPTSD治療を手がける病院・精神科クリニックでの聴き取り調査)を行えなかったため、それらは28年度の課題になる。その上で、同研究員は、フランスからの帰路にイスラエルに立ち寄り、ホロコーストの記憶にかかわる言説の再検討を行う予定である。また、「進捗状況」欄に記載の五つのテーマのうち、やはり27年度に手つかずだったDおよびEにかかわる文献・資料の精査に集中的に取り組む。加えて、とくにEについては、年度の後半に「ひきこもり」を抱える家族の面接調査を行い、その成果を日本多文化間精神医学会において発表する。それ以外の研究成果についても、27年度に引き続き、順次、日本国内外の学術誌に発表し、同じテーマや類似のテーマを扱う研究者たちと積極的に情報交換を行う考えである。 他方、受入研究者は、「進捗状況」欄に書かれた平成27年度の研究の成果を、さらなる資料調査によって肉付けし、最終的に一本ないし複数の論文として公表したい。その際、受入研究者は主に精神分析の立場から、今日の「心的外傷」論におけるPTSDのヘゲモニーに抗いつつ、臨床的概念としての「trauma」の歴史を再検討することになる。といっても、PTSDの診断学的価値に異を唱えるのではない。そうではなく、PTSDを特権化する一部の言論によってともすると忘れられたり、その背後に隠れてしまったりする種類の「心的外傷」にあらためて光を当てること、それこそが目指されるだろう。
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Research Products
(5 results)