2016 Fiscal Year Annual Research Report
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15H03911
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Research Institution | Nagoya University |
Principal Investigator |
伊藤 伸太郎 名古屋大学, 工学研究科, 准教授 (50377826)
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Project Period (FY) |
2015-04-01 – 2018-03-31
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Keywords | トライボロジー / レオロジー / 水和潤滑 |
Outline of Annual Research Achievements |
リン脂質高分子のMPCポリマーは生体適合性があり,人工関節やステントなど医療用器具のコーティング材として用いられる.そして,人工関節のしゅう動面にコーティングされた厚さ数十nmのMPCポリマー薄膜は,体内の水で水和ゲルとなり高い潤滑性をもつことが報告された.これはゲル状物質の表面で発現する水和潤滑のひとつと考えられている.MPCポリマー薄膜のように厚さ数十nmのコーティングで水和潤滑を実現できれば,様々な機械システムへの応用が期待される.しかしそのメカニズムは未解明であり,潤滑技術としては確立されていない.水和潤滑を発現するゲル膜は高分子が多量の水を含んで柔軟性の高い状態であるため,その摩擦特性を理解するには,しゅう動時のゲル膜の変形を知る必要がある.そこで本研究では,水和潤滑のメカニズム解明のために,水和したMPCポリマー薄膜を対象として,力学特性(ずり粘弾性)と膜の変形の同時計測を実現し,両者の関係を明らかにすることを目的とした.ずり粘弾性の計測には高精度な隙間制御と高感度なせん断力検出が可能なファイバーウォブリング法(FWM)を用いた.平成27年度において,ずり粘弾性と膜変形の同時計測のために,倒立顕微鏡上にFWM計測系を構築した.MPCポリマー薄膜は無色透明なため,これを蛍光分子で染色してその変形を基板下面から蛍光観察する.平成28年度は,MPCポリマー薄膜の蛍光染色に着手した.染色条件の最適化と,フォトマスクを用いた消光を利用し,蛍光染色のパターニングを実現した.これにより,摺動時の膜変形の観察が可能となった.ずり粘弾性と膜変形の同時計測の結果から, MPCポリマーがしゅう動領域から排除される過程とずり粘弾性の関係を明らかにした.また,粘性のせん断率依存性を測定し,シアシニング特性があることを明らかにした.
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
当初の予定通り,MPCポリマーの蛍光染色と,フォトマスクを用いた消光によるパターニング条件の最適化,およびFWMによるずり粘弾性と膜変形の同時計測を実現した.同時計測においては,しゅう動子として用いる光ファイバーで光干渉計を構成し,隙間の定量化に成功した.膜変形の顕微鏡観察のためには,しゅう動振幅をマイクロメートルオーダまで拡大する必要があった.ただし振幅を拡大すると,しゅう動方向と基板の面が平行でない場合に,プローブの移動に伴って隙間が変動する問題がある.隙間の定量化により,プローブの移動方向と基板の平行度を高精度に調整することが可能となり,しゅう動振幅5 μmの時に平行度のずれによる隙間変動を5 nm以下に抑えることに成功した.これは隙間に依存して変化する,水和したMPCポリマー薄膜のずり粘弾性の解明に必須の要件となっている.実際に,しゅう動隙間が40から60 nmの領域と40 nm以下の領域では,粘弾性および膜変形が異なることを明らかにした.本結果は,構築した計測系により初めて明らかにされた現象で有り,MPCポリマーコーティングの摩擦特性の理解に重要な知見となることが期待される.本成果は2017年のトライボロジー会議にて発表予定である.
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Strategy for Future Research Activity |
平成28年度のずり粘弾性と膜変形の同時計測の結果,しゅう動によってMPC膜の摩耗が起こることが明らかとなった.MPC膜の潤滑性を維持するためには,摩耗が起こらないように基板に吸着させる必要がある.また,MPC膜による水和潤滑のメカニズムを解明するためにも,摩耗が起こるときの摩擦特性と,摩耗が起こらず膜変形のみが起こる場合の摩擦特性を切り分ける必要がある.そこで平成29年度は,MPCポリマー薄膜を基材に化学吸着させ,摩耗がない状態でのずり粘弾性計測を実現する.具体的には,現状において基材として用いる石英ガラス基板に透明なポリマー薄膜を蒸着し,その上にMPCコーティング膜をスピンコートしたのち,光重合により化学吸着させる.本サンプルとこれまでに構築した計測系を用いて,ゲル薄膜を摺動したときの粘性の剪断率依存性を測定し,シアシニングが発生する最小の剪断率:臨界剪断率を同定する.同時に蛍光分子の消光を利用したゲル変形のその場観察を実施し,限界せん断率とスリップ発生の関係を明らかにする.さらに,ピンオンディスク型の摩擦試験を用いて,水和したMPCポリマーのマクロな摩擦特性を測定し,ナノスケールで測定したずり粘弾性との相関を明らかにする.膜厚や剪断隙間に対する限界せん断率やゲル変形量の依存性を体系的に測定し,低摩擦につながるスリップの発生条件を明らかにする.
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