2016 Fiscal Year Annual Research Report
W・ベンヤミンの言語思想と批評実践――そのアソシエーション構想の可能性
Project/Area Number |
15J00129
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Research Institution | Nihon University |
Principal Investigator |
小林 哲也 日本大学, 文理学部, 特別研究員(PD)
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Project Period (FY) |
2015-04-24 – 2018-03-31
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Keywords | W・ベンヤミンのK・クラウス受容 / G・ショーレムのK・クラウス論 / K・クラウスの「ユダヤ性」をめぐる議論 / W・ベンヤミンにおける「ユダヤ性」のモティーフ |
Outline of Annual Research Achievements |
平成28年3月1日から翌29年3月28日までオーストリアのインスブルック大学にてカール・クラウス研究の第一人者であるジグルト・パウル・シャイヒル教授の指導のもと研究をすすめた。ベンヤミンのクラウス受容の検討を多角的に進める中で、本研究が検討課題としていたベンヤミンのカール・クラウス論、言語思想をめぐって、第一次大戦期に行われていたゲルショム・ショーレムとの交流・議論の検討が鍵となると気づいたため、研究の重心をショーレムとの比較へと移した。クラウスの「ユダヤ性」が強調される場合、旧約聖書に見られるような「倫理的預言者」として称揚されることが多いが、ショーレムはむしろ中世のヘブライ語詩作者の後裔としてクラウスを位置づけて、その文章のスタイルと言語思想について論じた。ベンヤミンがこの考えを、ショーレムとの議論を通じて知り、自身のクラウス論に取り入れた可能性を検討することで、ベンヤミンのクラウス論を新たな視点で研究していった。 ベンヤミンはクラウスの言語思想を論じる際に、ショーレム同様、クラウスの「ユダヤ性」を重要なモティーフとして認めている。この内実について従来の研究ではベンヤミンの言葉をなぞるのみで、明らかにされないままだった。本研究では、ショーレムの議論ーー聖なるテクストとその解釈をめぐる緊張関係にユダヤ的言語の本質を見いだし、クラウスにもその緊張関係を見て取るーーを踏まえることで、ベンヤミンが、クラウスに見られる「正義」を体現する「神」の言葉と、曖昧な「判断」のうちにとどまる他ない人間の言葉との峻別の姿勢を、「ユダヤ的」と評していることを明らかにした。またベンヤミンが、クラウス論全体を通じてみると、この「ユダヤ的」「言語思想」よりも、クラウスの諷刺・批評活動に見られるドイツ的教養理念の批判的活性化作用に力点をおいていたことを明らかにしている。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
平成28年度の研究において、クラウス研究者の間で議論されていたゲルショム・ショーレムのクラウス論がベンヤミンにとって重要な意義をもったのではないかという仮説の検討が、本研究の当初の課題――ヴァルター・ベンヤミンのカール・クラウス論を研究することで当時のベンヤミンの言語思想と批評実践の関係を探る――を達成するために重要なことだと理解するにいたった。ショーレムのクラウス論の検討は、当初設定した課題の解決という点から言えば迂回とも言えるが、ベンヤミンがクラウスにいかなる「ユダヤ性」を見いだしたのかを探る上では、欠かせないものである。 ベンヤミンのクラウス論をめぐっては、ショーレムとの間での意見の対立が生じた。ショーレムは、ベンヤミンに「ユダヤ的」「言語思想」の探求を彼本来の課題として要求し、当時ベンヤミンが論じていた「知識人の政治化」の議論については批判した。ベンヤミンがショーレムの批判に正面から応えず、クラウス論の内実についての討論は行われなかったため、両者の論争点についての検討は、従来の研究では行われてこなかった。本研究は、クラウス論をめぐっての両者の対立の検討にとりかかることで、ベンヤミンにおける「知識人の政治化」をめぐる議論と「ユダヤ的」なものとの関係を相互に参照する視点を提示している。 新たに得られた視座のもとで、19世紀末からのヨーロッパ思想史の再検討をも射程に入れた形で、ベンヤミンにおける「ユダヤ性」と「言語思想」の関係、言語思想と批評実践の関係を探る準備を進められたことは、研究の深化として評価できる。 研究の成果の発表は、在外研究先の小規模な研究発表会で行った。論文の形での平成28年度中の発表は間に合わなかったが、研究成果はすでに論文としてまとめ、日本独文学会の欧文誌へ投稿している。
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Strategy for Future Research Activity |
クラウスの「ユダヤ性」についてのショーレムおよびベンヤミンの見解と、同時代の批評による「ユダヤ性」の扱いの差異をこれまで検討してきた。平成28年度前半には、この成果を踏まえて、クラウス受容における「黙示録」的解釈、「預言者」としてのクラウス像の問題点について、ベンヤミンのクラウス論と比較考量して論文にまとめる予定である。 28年度後半には、1916年から20年にかけてショーレムとベンヤミンの間に行われた、ユダヤ的な正義や言語についての議論――これについてはショーレムの日記から、ある程度再構成が可能と考えられる――をふまえてベンヤミンの言語論における「判断」や「正義」の意義について再検討する。1920年前後のベンヤミンの言語論構想に関しては、これが完成に至らなかったこともあってこれまで検討されることがなかった。この構想の際に見られたモティーフは、『ドイツ悲劇の根源』から「カール・クラウス」にいたるまで、その後のベンヤミンの思考の展開を考察する上で重要な鍵となりうる。この考察を踏まえて、1920年代のベンヤミンの思考の足跡をたどり、人間の「判断」と神の「正義」との差異をめぐるベンヤミンの批判的思考が、クラウス論においていかなる展開をしたのかを探っていく。 最後に、以上の研究の成果を踏まえて、ベンヤミンのクラウスへの接近の意義に関して彼の当時の批評家としての戦略とあわせて考察し、研究のまとめを行う予定である。
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