2016 Fiscal Year Annual Research Report
Project/Area Number |
15J04473
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Research Institution | Waseda University |
Principal Investigator |
田所 尚 早稲田大学, 文学学術院, 特別研究員(DC1)
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Project Period (FY) |
2015-04-24 – 2018-03-31
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Keywords | ポール・ヴァレリー / 書簡 / アンドレ・ジッド / ピエール・ルイス / 詩作 / 夢想的生 |
Outline of Annual Research Achievements |
平成28年度の研究活動は、ポール・ヴァレリーが実際に書簡を交わした人物たちに関する文学史的、伝記的知識の獲得を目指した。本研究はヴァレリーの書簡の中でもとりわけジッドと、ルイスとの往復書簡の分析に主眼を置いているため、この三者の書簡集『三声の往復書簡』のさらなる精読と、ジッド、ルイスの著作物、両者に関する伝記、研究書の読解が活動の中心となった。また、マラルメに対する帰依や雑誌の創刊といった、彼らの一種の党派的活動を把握するには、19世紀末、20世紀初頭の文壇状況、社会状況をより広く考慮に入れる必要があるため、この時代を主題とした歴史社会学分野の研究書の読解も併せて行った。 こうした活動を通じて主に以下の二つの成果が得られた。ひとつ目は2016年秋に比較文学誌『Romaneske』(ルーヴァン大学)に寄稿した論文で、ヴァレリーとルイスの書簡を通じた交友関係を概括した。この二人に関する近年の伝記的研究の成果を盛り込んだ当論文中で、本研究の遂行者は、文学(詩)創作に対する両者の距離感の変動が、彼らが書簡を交していた時期において、ほぼ同じ推移をたどることに着目した。そして、詩作に対するヴァレリーの意欲が、ルイスとの手紙にかける熱意と相関関係にあることを論証し、ヴァレリーにおいて詩作とルイスとの書簡の営みが不即不離の関係にあることを明らかにした。 次いで2016年度末、日本ヴァレリー研究会の機関誌『ヴァレリー研究』第7号に、ルイス、ジッドとの交流初期の書簡に見られるヴァレリーの夢想の特徴を分析した論文を寄稿した(現在査読中)。こちらは、青年期のヴァレリーが実生活とは別の夢想的生を希求し、その夢想を書簡のやり取りによって親しい友人たちと共有しようとする傾向があったことを指摘する内容となった。この論文は、書簡を通じて観察されるヴァレリーの自我形成という今後分析するべき主題に展開する。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
ポール・ヴァレリーの書簡テクストを分析するために、特別研究員の初年度は、書簡テクストを書簡文中の論理、言語的特性から内部読解する方法論を習得した。そこで当初の予定通り本年度は、書簡の当事者同士の伝記的知識や、書簡が交わされた当時の文学史的、社会史的知識を習得し、ヴァレリーの書簡テクストに対する外部読解の準備作業にあてることを目標とした。本研究はヴァレリーがジッド、及びルイスと交わした書簡を主題として取り扱う。そのため、資料の読解はこの三者が交わした書簡はもちろんのこと、著作物、彼らに関する伝記、研究書、彼らが参与した文学運動(象徴主義等)に関する研究書など、非常に多岐にわたった。その結果、それらの資料の収集、読解に腐心するあまり肝心のヴァレリー書簡の精読作業が疎かになることが間々あった。それが結果的に、研究実施状況に遅れが生じる原因となり、書簡テクストの外部読解作業は次年度(平成29年度)も引き続き行うこととなった。この点は、特別研究員二年目の研究状況の反省点として残る。 とはいえ、一昨年度、昨年度の書簡読解準備段階を概ね終え、本研究の成果をまとめる博士論文の主題がより明確なものとなった。具体的には、文体や言語的機能といった書簡文の内部的側面から分析すれば、手紙の相手に対する呼びかけ作用や自己投影といった側面から、書簡を書くヴァレリーの他者観、他者によって自己を補完しようとする自我のあり方が明確化される。また、ヴァレリーがジッド、ルイスとの書簡のやりとりを活発に行っていた年代の文壇、芸術、社会の状況を考慮に入れつつ彼らの書簡を読解すると、ヴァレリー特有の、文学との距離のとり方、読者観といったものが明らかになる。以上のように博士論文執筆に向けて問題点の整理が首尾よく行えた点では、研究は順調に進展しているといえる。
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Strategy for Future Research Activity |
これまでの研究活動の成果をまとめる博士論文の執筆が今後の研究活動の主要課題となる。同論文では、ヴァレリーとジッド、ルイスとの往復書簡を取り扱う。その際、彼らが活発に書簡を交していた1890年から1920年までの年代に期間を絞って、散漫な論述にならないよう配慮する。論旨の構成としては、ヴァレリーの文学観、テクストの宛先と他者の問題、自我の問題という三つのテーマに関する考察が主となるが、その際に、一昨年度と昨年度に習得したテクスト読解の理論、文学史、社会史的知識が最大限生かされることとなる。これら三つのテーマが、友人たちとの書簡のやりとりを通じてヴァレリーの意識においてどのように形成され、またどのように反応、対処されたのかを、博士論文によって明らかにすることが本研究の課題となる。 上記の論文を書き進めるための方策としては、指導教官である川瀬武夫教授、パリ第10大学のW・マルクス教授と協議を重ねつつ、まず、論文で活用する資料、研究書の点検を今一度行い書誌を整理する。次いで、論文の骨子となる上記3つの主題系をさらに複数の小テーマに細分化、整理し、論旨の構成を練る。構成の大略はすでに両教授から賛同をいただいているため、今後はその内容をさらに精密にしてゆく。そして、その構成を基に、昨年度中にすでに執筆した論文の成果を生かしつつ本論の執筆を行う。その際、執筆と並行して引き続き関連資料、研究書の読解も継続し、新しい研究動向にも注意を向けてゆくが、基本的には上述の書誌中の資料を活用し、新たな資料渉猟に過度に奔走することなく執筆の方に専念する。また、書き上げた論文の一部を学会で発表し、指導教官以外の研究者の意見も乞うてゆく。その一環として本研究の遂行者は、本年度の5月にフランスのヴァレリー研究会で口頭発表を行い、また10月には、日本フランス語フランス文学会の全国大会にて発表を行う予定である。
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Research Products
(1 results)