2016 Fiscal Year Annual Research Report
地域語りの現在と歴史経験―旧炭鉱地域における「語り部」生成の民俗学
Project/Area Number |
15J07759
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Research Institution | The University of Tokyo |
Principal Investigator |
川松 あかり 東京大学, 総合文化研究科, 特別研究員(DC1)
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Project Period (FY) |
2015-04-24 – 2018-03-31
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Keywords | 旧産炭地 / 筑豊 / 語り / 語り部 / 語り継ぎ / 記憶 / 遺産 |
Outline of Annual Research Achievements |
本年度は、年間を通して福岡県筑豊地域に滞在し、現地調査を行った。これにより、博士論文の要となる民族誌的なフィールドデータと、聞き書き(インタビュー)による語りのデータを収集した。 現在の筑豊には語り部に関する公的な制度は存在しないが、それゆえに、いかなる人物がいかにして炭鉱を語り継ぐ主体になり、どのように炭鉱を語り継ごうとしているのかという問題は、より多様で複雑であると考えられる。本研究はこうした状況の中で語り継ぎの主体となる人物を、方法としての〈語り部〉としてとらえることを主眼としている。調査においては地域住民の協力により、教育・郷土史研究・文化行政・社会運動・メディアによる取材など地域社会の様々な局面について参与観察を行うことができた。さらに、これらの実践に関わる人物に個別的な聞き書きも実施した。 調査データの詳細な分析は最終年度に行う計画だが、調査期間中に得られた重要な知見としては、以下の二点がある。第一に、筑豊では地域住民等によるフィールドワークや聞き書きの蓄積が多数あり、ここで文化人類学的・民俗学的な調査を行うこと自体が、こうした既存の実践を基盤としてはじめて成立し得るということである。第二に、現在の筑豊には、既存の実践を受けて、それに倣ったり対抗したりしながら、今まさに炭鉱を語り継ぐ主体(=〈語り部〉)へと成りつつあるような人々が様々に存在しているということである。調査者自身もまた、調査を経て、地域住民との関わりの中で炭鉱を語り継ぐ主体に成りつつある自分を発見することとなった。以上の本年度得られた知見については、10月に開催された日独民俗学会共催国際シンポジウムのポスタープレゼンテーションにおいて発表したほか、3月には中国の華東師範大学・中山大学で行われた大学院生間の学術交流プログラムに参加して発表し、海外研究者と問題関心を共有して、理論的視点を深めることができた。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
本年度の研究においては、福岡県筑豊地域での現地調査によるデータ収集に集中することを目標としていたが、予定通り調査を実施することができた。現地調査においては、地域住民から多くの協力を受けることができ、様々な場面に参与する機会を得て、多様なデータを集めることができた。 さらに、長期調査の実施に加え、当初の計画にはなかった2回にわたる海外での発表も、本年度の研究進展においては意義深いことであった。これらの機会を得たことで、調査で得られたデータの一部を整理・分析し、発表することができた。ここでは、特に調査者が行った文化人類学・民俗学的な「調査」という行為そのものを主軸に考察を行ったが、これを通して「炭鉱を語り継ぐ主体の生成」という本研究の最も重要なテーマについての認識をより深めることができた。この結果、当初予定していた学会誌への論文投稿ができなかったが、口頭発表に向けて行った考察や発表に対して得られたコメントを踏まえ、より充実した内容で最終年度に投稿を行えると考える。 以上、当初計画していた現地調査に加えて、2回の海外発表によってその後の現地調査や研究の最終的なまとめに向けた課題の整理・検討を行えたことから、研究はおおむね順調に進展しているといえる。
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Strategy for Future Research Activity |
本年度の現地における長期調査により、博士論文執筆の基盤となるデータを収集することができた。採用最終年度となる2017年度は、収集したデータの整理と、本研究における理論的基盤の再検討を行い、これをもとにデータの分析を行って博士論文の執筆を行う。 まず、フィールドデータの整理を行うと共に、記憶論や歴史の語り継ぎをめぐる先行研究の理論的検討を改めて行い、本研究が中心的に掲げている「語り部」の生成という現象の理論的背景をまとめて、学術雑誌に投稿する。次に、これを踏まえてフィールドで得られた事例の分析を主とする論文を執筆し、『日本民俗学』に投稿する。 これらの過程で不足していることが明らかになったデータに関しては、追加的な現地調査を実施して補っていく。また、2か月に1回の計画で筑豊地域を訪問し、現在進行中の事象についての最新の経過について、情報収集を行う。 以上二本の論文執筆作業と追加調査を足掛かりとして、博士論文の執筆を進めていく計画である。
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