2015 Fiscal Year Annual Research Report
ラットにおけるメタ認知の存在証明:行動分析・神経記録・数理モデルによる統合的理解
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15J08974
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Research Institution | The University of Tokyo |
Principal Investigator |
結城 笙子 東京大学, 総合文化研究科, 特別研究員(DC1)
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Project Period (FY) |
2015-04-24 – 2018-03-31
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Keywords | ラット / オペラント条件付け / 遅延見本合わせ / メタ認知 |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究は、ラットが記憶確信度を利用した適切な行動制御(メタ認知)を持つと示し、その行動制御中の神経活動を捉え、メタ認知的行動の予測モデルを作成することで、メタ認知に関して特定の行動や脳活動が持つ機能やそれらの関係性を示し、メタ認知的行動を総合的に理解することを目的としている。 これまでメタ認知に関する研究は主にヒト、特に十分な言語能力をもつ健常成人を対象に言語的な情報を利用して行われてきた。しかし、既に霊長類などの一部の動物では、適切に設計された実験環境においては、自身の記憶や知識に基づいた行動制御という形での一種のメタ認知的行動が可能であることが示されており、動物における非言語的なメタ認知の実験的検証の道が開かれつつある。 そこで本研究はまず神経メカニズムや分子遺伝学的基盤の研究に有用なラットが、メタ認知のモデル生物たりえるかを検証する。ラットをモデル生物として確立できれば、詳細なレベルでのメタ認知の行動・神経基盤研究が可能となる。今年度は、ラットがメタ認知を用いなければ不可能な行動制御が可能かを実験的に検証した。 実験課題として、遅延多肢位置見本合わせ課題に、比較刺激呈示の直前にもらえる報酬を減らすことと引き換えに、その問題をスキップ(回避)できる選択肢を加えたメタ認知課題をラットに課した。この課題では、その問題で正答できるという確信度が高い場合には課題を続行し、逆に確信度が低い場合には課題を回避することで、課題全体で獲得できる総報酬量を最大化できる。実験の結果、ラットは6肢課題であった場合に、回避選択肢を適切に利用して課題全体での獲得報酬量を増やすことが可能であり、またそもそも正解が存在しない解決不能問題を挿入すると、特に多く回避を選択することが分かった。この結果は、ラットが確信度という自身の内的状態を利用して行動を適切に制御できることを示唆する。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
1: Research has progressed more than it was originally planned.
Reason
当初の計画で予定したとおり、本年度はラットが確信度という自身の内的状態を利用して行動を適切に制御できる、つまりメタ認知的行動が可能であること、従来のヒト研究からメタ認知との関与が示唆されている前帯状皮質や楔前部が、ヒトがラットのメタ認知課題と同様の構造をもつメタ認知行動課題での適切な行動制御においても同様に関与することの2点を示すことに成功した。 さらに、計画時に予定していた6肢メタ認知課題の訓練に非常に長い期間が必要となることが明らかになったため、これと並行して課題のチャンスレベルを2肢選択まで下げた簡易版のメタ認知行動課題の作成を試みた。その結果、チャンスレベルが高い簡易版メタ認知行動課題ではどの個体もメタ認知的行動を示さないことが明らかになった。その一方で、簡易版メタ認知行動課題ではメタ認知的行動を示さないが、チャンスレベルが低い計画通りのメタ認知課題を課した場合にはメタ認知的行動を示した個体もいた。 これらの結果から、研究対象種が有する認知能力自体の高低の他に、環境設定の適切さがメタ認知的行動の発現に重要である可能性も示された。これは、計画時には想定されていなかった重要な知見である。課題のチャンスレベルによる影響は霊長類のフサオマキザルでも既に同様の報告があり、メタ認知の種間比較研究の重要な枠組になりえると考えられる。一方で課題のチャンスレベルを下げることによる簡易版課題の作成という意味では成功しなかったため、現在はラットが条件に応じて記憶保持の精度を変えることが適応的となるような行動課題を設計し、条件の推移に応じてラットが記憶保持の精度を能動的に切り替えることを示す行動を捉えることを目指している。
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Strategy for Future Research Activity |
まず、今年度に取得した動物課題と共通の構造を持つメタ認知課題中のヒトの脳活動データをより詳細に解析し、関与が示唆された前帯状皮質や楔前部といった複数の脳部位の機能分担や賦活タイミングの差、行動指標との関連などについても明らかにする。その上でこれらの知見を発展させ、メタ認知課題中のラットからの神経記録に先んじて、実験的に検討可能なメタ認知的行動の神経基盤に関する作業仮説を構築する。また動物課題との連続性を保ったメタ認知課題中のヒトの脳活動計測自体もこれまでほとんど検討がなされていないテーマであり、今後のヒトと動物での比較メタ認知研究において重要な意義を持つと考えられるので、この実験を英語論文としてまとめ、投稿する。 次に、ヒト研究から構築した仮説に基づき、メタ認知的行動課題中のラットから神経活動記録を行う。メタ認知的行動中にどういった部位がどのような活動を示すのか、またそれらがヒトの研究で得られた知見とどれだけ一致するかを検討する。 一方で、現在の動物のメタ認知研究においては、厳密な統制の必要から、実験実施上はメタ認知的行動が研究者間で同意が得られた特定のパラダイムにおける特定の行動と対応付けられている。これは言語報告が出来ずメタ認知を操作的に定義するしかない動物研究においては必然的に生じることである。しかしメタ認知的行動とされる行動がある定型の系列行動と交絡するため、パラダイム外での事象に対する外的妥当性を担保することが難しく、また様々な行動を対象にメタ認知を研究するヒト研究との比較を困難にしている。 そこで、実験パラダイムを大きく変更したラット用の簡易版メタ認知行動課題を確立する。こちらの課題でもこれまでのメタ認知課題と同様に神経記録を行い、結果を比較することで、これまでの動物のメタ認知研究で得られてきた信頼性の高いメタ認知的行動の外的妥当性を検証する。
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Research Products
(2 results)