2015 Fiscal Year Annual Research Report
赤外分光法及び量子化学計算による光合成水分解反応の分子メカニズムの解明
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15J10320
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Research Institution | Nagoya University |
Principal Investigator |
中村 伸 名古屋大学, 理学研究科, 特別研究員(DC1)
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Project Period (FY) |
2015-04-24 – 2018-03-31
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Keywords | 光合成 / 水分解 / 量子化学計算 / 赤外分光 |
Outline of Annual Research Achievements |
光合成における水分解反応は、光化学系IIタンパク質(PSII)のMn4CaO5クラスターにおいて行われる。Mn4CaO5クラスターには、光酸化により遷移する4つの中間状態(S0-S3)が存在する。PSIIのX線結晶構造解析(Suga et al. 2014)により、Mn4CaO5クラスターの詳細な構造及びそこからルーメン側へと続く水素結合ネットワークの存在が示された。プロトン移動は水分解反応において極めて重要な反応であるが、酸素分子を形成する水分子(基質水分子)やプロトン放出の際に用いられる経路といった詳細な反応機構は未だ明らかとなっていない。本研究では、光合成水分解反応におけるプロトン放出機構の解明を目的とし、赤外分光法及び量子化学計算により、Mn4CaO5クラスター周辺の水分子及びアミノ酸配位子の振動構造を解析し、プロトン移動経路及びその反応機構の解明を目指す。 本年度は、暗中において最も安定な状態であるS1状態及び光酸化されたS2状態における周囲の水素結合ネットワークの振動構造の解析を行った。まず、結晶構造を初期構造とした構造最適化計算により、S1状態におけるMn4CaO5クラスター周辺の水素結合構造を得た。そして、そのS1状態を初期構造として、S2状態の構造最適化計算を実行した。S1及びS2の両方の構造における基準振動計算では、実測のS2/S1赤外差スペクトルの2800 cm-1付近のブロードな正のバンドを再現した。得られた振動モードの中で、W2及びW3とYZ間の水素結合ネットワークにおいて、S2状態において3177 cm-1に5つの水分子からなる同位相の非局在化した振動が存在した。以上の結果から、S2→S3遷移において、W2,W3,W5,W6,W7の5つの水分子がプロトン移動に関与する可能性が高いと結論付けた。(nakamura and noguchi, 2016)
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
プロトン移動機構を解明するためには、Mn4CaO5クラスター周辺の水分子の水素結合構造を知ることが必須である。本年度は、結晶構造に基づく量子化学計算を実行し、暗中で最も安定なS1状態及び光酸化により形成されるS2状態におけるMn4CaO5クラスター周辺の水分子の水素結合構造の解明及びその振動構造の解析を行った。構造最適化計算では、S1状態において、結晶構造における原子間距離をよく再現する構造が得られた。この結果は、本研究における計算結果が水分解反応を議論する上で十分な精度であることを示す。その構造では、基質水分子の候補として強く示唆されている水分子(W2,W3)からMn4CaO5クラスターの直接の電子受容体チロシンYZへと続く水素結合ネットワークが形成された。S1状態及びS2状態における振動解析では、得られた振動モードの中で、W2及びW3とYZ間の水素結合ネットワークに着目すると、S2状態において3177 cm-1において5つの水分子からなる同位相の非局在化した振動が存在した。これはW2,W3→YZへのプロトン移動が起こる可能性を示し、過去の我々の結果(nakamura et al., 2014)と矛盾しない。基質水分子からYZへグロッタス機構に従うプロトン移動が起こる場合、この振動モードを用いることで、迅速なプロトン移動が可能になると考えられる。この結果は水分解の分子機構を明らかにするために極めて重要な成果であり、この成果は投稿論文にまとめ、アメリカ化学会のBiochmistry誌に掲載された。
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Strategy for Future Research Activity |
今後は、さらに、S3,S0状態の解析を行っていく。しかし、それらの状態のX線結晶構造は報告されておらず、理論計算のみによる解析は困難である。そこで、来年度はS2→S3遷移及びS0→S1遷移におけるプロトン移動反応機構を解明することを目的として、量子化学計算及び赤外分光法により、S3,S0状態におけるMn4CaO5クラスターの構造の特定を目指す。そのため、本年度までに解析されたS1状態及びS2状態に基づいて、S2→S3遷移やS0→S1遷移のシミュレーションを実行する。しかし、S2→S3遷移やS0→S1遷移は電子移動に加えてプロトン移動や水分子の移動が起こると考えられており、構造最適化計算のみからでは、生体中における実際の構造を得るのは困難である。そのため、S3状態及びS0状態の実験結果を再現するMn4CaO5クラスターの分子構造モデルを得ることが必要不可欠である。その方法としては、偏光した赤外光を用いたフーリエ変換赤外分光(FTIR)法により、Mn4CaO5クラスター周辺のアミノ酸配位子の振動の遷移モーメントの二色比を観測し、その結果と量子化学計算により得られたMn4CaO5クラスターの構造モデルの基準振動計算の結果を比較することにより、S3状態及びS0状態の構造を特定することを考えている。そして、得られたモデルを用いて、Mn4CaO5クラスター周辺の水分子の構造最適化計算及び基準振動計算を実行することにより水素結合構造の解析を行う。これにより、S3→S0遷移及びS0→S1遷移におけるプロトン移動経路の特定を目指す。
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Research Products
(8 results)