2016 Fiscal Year Annual Research Report
Project/Area Number |
15J40009
|
Research Institution | Kobe University |
Principal Investigator |
松村 志乃 神戸大学, 人文学研究科, 特別研究員(RPD)
|
Project Period (FY) |
2015-04-24 – 2018-03-31
|
Keywords | 王安憶 / 茹志鵑 / 新時期文学 / 中国当代文学 / 革命形象 / 六四天安門事件 |
Outline of Annual Research Achievements |
本年度の研究実績は主に以下の4点である。 1.現代中国を代表する上海の女性作家王安憶(1954‐)の文学における母親像を検討した。王安憶が描いた数種の母親像の中で、特に知識人の母に対し愛憎半ばする表現が行われてきた過程と意味を明らかにし、神戸大学中文研究会『未名』(2016年12月発行)に寄稿した。 2.「新中国」建国に貢献した文学者で王安憶の母である茹志鵑(1925-98)文学の単行本、初出雑誌、先行研究を収集、通読し、研究の基盤となる資料を作成した。その上で、文化大革命後の茹志鵑において主要な問題であった親子二世代の関係を検討した。具体的には茹の小説「児女情」、「暖色に染まる雪原」を中心に文革後の革命世代と知識青年世代の親子関係を考察した論文「『新中国』の親子――文化大革命後の茹志鵑文学」を『野草100号記念号』(未刊行)に寄稿した。 3.「六四天安門事件」(1989)直後に執筆された茹志鵑小説「跟上,跟上」について、日本中国学会(2016年10月)で口頭発表を行った。報告では、茹志鵑最後の小説「跟上,跟上」には彼女自身の創作人生の節目となる事件が反映されている点を明らかにし、同時に「六四」後の茹の痛切な思いが落とし込まれているのではないかいう仮説を提起した。 4.中国で開催されたの学術会議において、王安憶・茹志鵑文学における革命形象を検討する口頭発表を行った。報告では王安憶が知識人の母へのコンプレックスから革命形象を男性で描いてきた経緯を説明し、さらに5、60年代の革命形象が男性性を帯びてなければならなかったとする先行研究を確認した。その上で、60年代の茹の代表作「静かなる産院」が農村における社会主義革命の成果を賛歌しながらも、女性の身体性が描かれたがゆえに革命的テクストとみなされず、後の茹志鵑小説批判につながったのではないかという仮説を提起した。
|
Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
本年度は前年度より着手した茹志鵑文学の初出雑誌、初版本、先行研究の調査およびその通読と言った茹志鵑研究の基礎作業をほぼ終わらせることができた。 そのうえで、二本の論文において、王安憶・茹志鵑文学を読み解き、「新中国」以後の政治の時代を生きた親子二世代の作家についての考察を行った。王安憶と茹志鵑の文学は、著者同士が親子の関係にあるとはいえ、その創作は執筆時期も小説の時代背景も異なり、双方の合意や協力の下で構築されたものではない。本来なら無関係に行われたそれぞれの文学的営為から共通する問題意識を抽出し双方向的な関係を見出すことが本研究の最大の目的であった。本年度に執筆した論考は、ひとつは王安憶文学における母親像の検討を通して、茹志鵑を含む知識人の母を考察したものであり、もうひとつは、文革後の茹志鵑文学から革命世代と知識青年世代の二世代の関係を考察したものである。ふたつの論文は互いに響きあう内容であり、茹志鵑の問題意識を王安憶が引き継ぎながら思考を深めていく過程を説得的に論じることができた。 さらに日本中国学会での報告は、報告自体が成功裡に終わらせることができただけでなく、平時はほとんどお目にかかれない遠方の研究者や、かつて茹志鵑研究を行い現在は引退されている先生から貴重な御意見をうかがい、議論をさらに深めるきっかけを得た。 また中国で行われた学術会議では、中国語で基調講演を行うという責任を果たした。建国期の文学はプロパガンダ性が強く、中国においては現行の政治イデオロギーにも抵触しやすいためか、今日ではあまり積極的には研究が行われていない。そのような中、建国期の文学者茹志鵑の60年代の文学の女性性と、六四天安門事件後の王安憶文学の変節を論じた報告が、中国の研究者に好意的に受け入れられたという実感を得ることができたことは、報告者の今後の研究の大きな励みとなった。
|
Strategy for Future Research Activity |
今後、王安憶と茹志鵑の文学を双方向的に考える上で、次の二点を課題とする。 1、茹志鵑文学研究の基礎を再構築する。茹志鵑は中華人民共和国の著名作家である。だが本研究を進めていくうちに、文学によって共産主義の理想を宣伝する立場にあった建国期の文学者茹志鵑の研究は、今日ほとんど行われていないことが明らかになった。それは国家建設における共産主義の理想が破綻しつつある今日の状況に関係するものである。しかしながら今日的視点から茹志鵑を通して建国期の文学を再考することは、今後共産主義をひとつの思想として認識、継承するための参照軸を提起するという意味において重要である。そこで報告者は茹志鵑文学をより深化させるために、昨年度口頭発表を行った「静かなる産院」(1960)における革命形象と女性の身体の問題について論文としてまとめる予定である。また、同じく昨年度口頭発表を行った最晩年の茹志鵑小説「跟上,跟上」についても引き続き論考を進め、論文としてまとめてゆく。同時に国内外の茹志鵑研究者と交流を深めるのも今年度の課題である。 2、王安憶の父王嘯平についての研究に着手する。王安憶と茹志鵑の親子関係を検討するうちに、建国期の劇作家であった王嘯平(1919-2003)の問題が浮上した。王嘯平は建国後上海の劇作家として重要であるのみならず、シンガポールから革命に馳せ参じたた華人文学者として新たな視角を提起しうる存在でもある。王嘯平の文学的営為を検討することは、本研究の内容をより深化させることができるのみならず、中国大陸・台湾・東南アジア・北米等を含む中国語圏文学というより広い枠組みにおいて文学を思考するという最新の議論に参与することを意味している。近代国家形成によって定められた国境という概念を超えるより最先端の議論に加わってゆくことは申請者の研究の裾野を大きく広げるものと考えられる。
|
Research Products
(5 results)