2016 Fiscal Year Research-status Report
貧困の連鎖を断つ保育の質とは何か ―保育指標の開発による同定―
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15K01783
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Research Institution | Konan Women's University |
Principal Investigator |
梅崎 高行 甲南女子大学, 人間科学部, 准教授 (00350439)
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Co-Investigator(Kenkyū-buntansha) |
山際 勇一郎 首都大学東京, 都市教養学部, 准教授 (00230342)
青柳 肇 早稲田大学, 人間科学学術院, 名誉教授 (20121056)
高 向山 常葉大学, 健康プロデュース学部, 准教授 (60410495)
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Project Period (FY) |
2015-04-01 – 2018-03-31
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Keywords | 社会性の発達 / 非認知的能力 / 剥奪と付与 / 養護と教育の一体化 / ブリッジング / 保育の不易と流行 / 縦断調査 |
Outline of Annual Research Achievements |
子どもの社会性の発達を促す保育は現在,「付与」と「剥奪」の2方向から議論されている。前者はヘックマンに代表される就学前教育への投資であり,わが国でも非認知的な能力を伸ばす幼児教育の質について,優れた保育実践の不易と流行から学ぶ模索が続けられている。後者は6人に1人が相当するという貧困の問題であり,メディアの精力的な報道によって,ようやく一般にもその実態が知られるようになってきた。 2017年4月に,朝日・毎日・読売各紙のデータベースを用いて「貧困と保育」をキーワードに記事を検索した結果によれば,2000年から2016年にかけて,関連報道はおよそ10倍に上った(梅崎,準備中)。2016年には3紙の平均で1年間に110本の記事が掲載されており,およそ3~4日に1本の計算で,貧困と保育に関するニュースが伝えられている。 このような状況は子どもの問題を改善する第一歩として望ましいことではあるが,これら記事の中心が待機児童対策である点に目を向ければ,議論は言わば「剥奪」のレベルにとどまり,子どもの社会性の発達を促す「付与」の議論とは,依然分断があるように思われる。 現在,2018年からの適用を控え,保育所保育指針の改定が進んでいる。今回の改定ポイントの一つに,非認知的能力を「付与」する3歳以降の教育が挙げられるが,保育現場において教育に対する指導を成功させるためにも,基盤としての「剥奪」状態に対処する養護の指導が求められよう。付与と剥奪は,言わば新しい養護と教育の一体化に関する議論でもある。 新聞報道が珍しくなくなった2016年には,わが国で初めて貧困と保育を冠した著書も刊行された(秋田・小西・菅原(著),かもがわ出版)。こうした文献に著される「剥奪」から「付与」へのブリッジングこそ,子どもの社会性の発達を支える保育の喫緊の課題である。これに寄与するエビデンスの提出がいま,求められている。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
初年度は,近畿圏でも最大規模を誇るA園の園内研修を組織し,講師を務めながら,ラポール形成とともに保育と家庭の情報収集を計画した。しかし個人情報保護の観点から家庭の情報収集には至らず,研究計画の見直しを余儀なくされた。そこで今年度は,再計画によって2つの調査を実施し,当初計画の立て直しを図った。 調査(1)子どもの社会性の発達に関する縦断調査:先に述べた理由から,家庭の応諾を得て情報を収集する調査計画に切り替えた。関東,関西,北陸,九州における7県を中心に協力を募り,1-3歳のいる350家庭から調査への応諾を得た。初年度調査を終え,登録者の8割に当たる300通の調査票を回収している。本調査は縦断研究プロジェクト全体におけるコーホート2調査に当たり,このデータの分析は現時点で未着手であるが,先行するコーホート1調査については解析も進み,一部を学会で報告している。これによると家庭における親子のポジティブな相互作用が,コンピテンスなど子どもの非認知的能力を予測することが示されたが,この相互作用に,家庭における経済状況が関わっていた(眞榮城,2017)。これを踏まえて本コーホート2調査でも,このような逆境を補てんする保育の効果について検証を進める。 調査(2)保育現場のヒアリング調査:初年度に東京都A市市役所を対象としたヒアリング調査を実施し,「子どもの貧困対策は就学後が中心」との見解を得て,ヒアリング内容の見直しを行った。秋田・小西・菅原(2016)を参考に項目を準備し,あらためて保育指標の開発を目的としたヒアリング調査に着手している。これまでに10園12名の,施設長を中心とした保育者に対するヒアリングを終え,子どもの社会性発達に向けた保育省察の道具として用いられるようなチェックリストの開発を進めている。理論的飽和に向けたデータの追加と,チェックリストの妥当性の検証が今後の課題となる。
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Strategy for Future Research Activity |
「現在までの進捗状況」で述べた2つの調査を進め,ここで挙げられた課題に取り組んでいく。 調査(1)子どもの社会性の発達に関する縦断調査:2年目を迎えるコーホート2調査を滞りなく進めていく。データ収集のみならず,並行してこれまでに回収されたデータの入力と解析を,研究者間の連携によって進めていく。コーホート1調査で得られたデータと統合しながらデータ数を増やし,家庭の経済状況と,これを補てんする保育の関連から,子どもの社会性の発達経路を探っていく。 調査(2)保育現場のヒアリング調査:理論的飽和へと早く到達し,チェックリストの妥当性の検証へと計画を進める。検証には多様な地域から多くの保育者の協力が求められるため,ウェブ調査の利用も視野に入れる。 また,ヒアリング調査で収集された豊富な情報から,あらためて保育にとって貧困とは何かを問うような議論が求められる。ヒアリングで得られた語りを総合すると,「貧困であろうとなかろうと,子どもの最善の利益を願う保育の仕事は同じ」や「そもそも福祉施設である保育所が向き合ってきたのは,貧困家庭であった」などの語りに集約される(梅崎,準備中)。これはあたかも保育において特別支援の必要が叫ばれた際,「障害があろうとなかろうと,子どもにとって保育者がやるべき仕事は同じ」といった語りが聞こえたが,これに似ている。中には当時「特別支援が保育本来の目的を私たち保育者に教えてくれる」といった語りも聞かれ,このような言説が保育にもたらすものは何であるのか,あるいはそのような言説の中で保育者が思考停止に陥り,貧困家庭に対する必要な保育を滞らせるような実際がありはしないかについて,検討が求められる。そのためにも,理論的飽和を目指したヒアリング調査を急ぐ一方で,必要な語りを収集するヒアリング調査を着実に進めていく。
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Causes of Carryover |
個人情報保護の問題を鑑みて家庭の経済状況に関するデータを収集すべく,保育所を対象とした調査から,家庭ごとに応諾書を交わして実施する縦断調査へと調査の内容を切り替えたため,当初計画とのずれが生じた。変更後は,調査票をやり取りするための郵送費と,謝礼としての図書カードの購入に,研究費を使用している。
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Expenditure Plan for Carryover Budget |
引き続き調査票の郵送費と謝礼としての図書カードの購入に研究費を充てる。
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Research Products
(5 results)