2015 Fiscal Year Research-status Report
道徳の形而上学的概念に関する生成論的視点からの再検討─自然主義の成果をふまえて
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15K01976
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Research Institution | Iwate University |
Principal Investigator |
宇佐美 公生 岩手大学, 教育学部, 教授 (30183750)
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Project Period (FY) |
2015-04-01 – 2018-03-31
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Keywords | 倫理学 / 哲学 / 形而上学 / 道徳の基礎 / 自然主義 / 生成論 / 自由意志 |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究は、脳神経科学や進化生物学等の研究の進展を背景に、宙に浮いた空虚な幻想として自然主義者の側から消去や見直しが求められるようになった道徳に関する形而上学的概念について、生成論の観点から捉え直すことで、その実践的意義を経験のア・プリオリの視点から再構成することを目的としている。そのために平成27年度は、自然主義者が描く道徳性の生成のシナリオにおいて、その幻想性が指摘される形而上学的概念を取り上げ、それらを消去したり自然的機能に還元したりすることで道徳のシステムがどのような変容を被ることになるかを確認し、その新たなシステムを評価するとともに、そこでも隠れた形で機能している形而上学的概念が存在しないかどうかを検討してみた。道徳に係わる形而上学的諸概念のうちでは「自由意志」の概念への批判的検討が最も進んでおり、自由と決定に関する両立論とハードな非両立論とが自然主義による代表的答えと言える。自然主義的両立論は、自然界にも見られる「自己コントロール」の機能に自由の意味を還元することで決定論との両立を図ろうとするが、そこでは自由が主体相関的意味に縮減され、外部からの介入や操作の影が付きまとうことになり、道徳システムも功利主義的色合いを強めることになる。他方、非両立論の場合は「自由意志」の概念を消去しつつも新たな道徳システムの可能性を拓くことになるが、しかし彼らが新たなシステムにおいても保持されるとした「目的自体」の概念の内実には、自然主義者が拒むはずの形而上学的概念が混入している可能性が高く、その混入を排除すれば自然主義者さえも受け入れ難い既存の道徳システムからの大幅な変更を余儀なくされる可能性があることを明らかにした。 なお、ここでの分析をもとに、「主体」の概念に関しても自然主義による批判の検討を行ったが、それについては予備的な考察に留まり、今後の課題とせざるを得なかった。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
今年度は、自由意志の概念に関しての自然主義者による形而上学批判を中心に検討を行い、年度計画をおおむね達成することができただけでなく、「主体」「尊厳」「責任」など他の候補となる概念に関しても検討を進めることができた。ただしそれらの概念が、自然主義者による道徳システムの中に密かに取り込まれているとしても、そうした概念の事実を生成論の観点から再構成してみるという課題に関しては、十分な考察を展開することができなかった。しかし、自然主義者が認識や行動の能力を分析する際に用いる「タスク分析」を、実践的能力の再構成に関しても応用できることが分かったことで、研究の新たな展開の可能性が開けたことは収穫であった。
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Strategy for Future Research Activity |
28年度は、形而上学的概念を前提した道徳理論の典型としてカント倫理学を取り上げ、それを可能な限り自然主義的シナリオの中で再構成する。カントの超越論的認識論を、自然主義の観点から生成論的に捉え直す可能性は夙に指摘されてきたが、本研究では、そうした捉え直しを実践哲学の領域にも適用してみようとするものである。もちろん、そこには現象界と叡智界の区別など、カント特有の課題が控えていて、認識の場合と同様の扱いはできないが、自由を「実践的意味」に限定すれば、自然主義的な再構成は不可能ではない。そしてそうした再構成によって、カントの道徳原理を道徳生成の一コマに位置づけることが出来るだけでなく、「適法性」を越えて「道徳性」が求められる機序を新たな角度から捉えることができる。その際、手がかりとなるのは、現代の自然主義者が、認識能力の生成の再構成に活用する「タスク分析」の手法と、カント自身が語る「無制約者を求める理性の自然的性向」及び人間理性の「有限性」である。これらを手掛かりにすることで、「理性の事実」をそのまま「自然の事実」へと引き下げることなく、あくまでも自然過程の中で構成されつつも特異な位置を占める「事実」として捉え、さらに「目的自体」や「普遍化可能性」といった形而上学的要素に自然的裏付けを与えると同時に、功利主義にとっての「最大化原理」等との新たな視点からの比較も可能になると考える。 カントの倫理学を自然主義的シナリオの中で再構成することは、カント倫理学の形而上学的意義を薄めてしまうことになりかねないが、自然主義的研究の成果が、日常の道徳実践や医療の現場に導入されようとしている中で、この試みを通し形而上学的概念の実践的意義を批判的に検討しつつも、道徳実践の現場での自然主義的研究成果の応用を評価し直すための視座を確保することが期待できる。
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Causes of Carryover |
作業に使用していたパソコンのキーボードが年度末に故障し、助成金による新規の購入を計画したが、物品の新たな発注・納品が年度内に完了しないことが判明したため、助成金の使用を先送りせざるを得なかった。
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Expenditure Plan for Carryover Budget |
繰り越し分については新年度にキーボードの購入のために使用する予定である。
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