2015 Fiscal Year Research-status Report
リクール正義論の意義と射程および、現代正義論に対する寄与の可能性の研究
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15K01981
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Research Institution | Miyagi University of Education |
Principal Investigator |
川崎 惣一 宮城教育大学, 教育学部, 教授 (30364988)
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Project Period (FY) |
2015-04-01 – 2018-03-31
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Keywords | リクール / 正義論 |
Outline of Annual Research Achievements |
平成27年度は、研究計画にしたがい、本研究全体を進める上での基礎的な作業として、リクール哲学において正義がどのような仕方で論じられているのか、その全体像を俯瞰した上で、リクール自身がどのような正義の構想を抱いていたかについて検討した。 そのなかでとりわけ重視したのは、「赦し」の概念である。「赦し」の概念は、彼の正義論の柱をなす概念の一つである。とりわけフランス思想の文脈では、ジャンケレヴィッチおよびデリダに代表される少なくない論者が「赦し」の問題、とりわけ「赦しの不可能性」の問題について活発に論じられてきたという経緯があり、これらの議論の蓄積を無視するわけにはいかない。またリクール自身も、『記憶、歴史、忘却』の結論部で「赦し」について詳細に論じるなかで、それらの議論に触れている。そこで、リクールが大きな影響を受け、実際に参照してもいるハンナ・アーレント『人間の条件』における「赦し」の概念の再検討も含めて、この問題について詳細な検討を行うことで、リクール正義論の概念構成を明確にする作業が必須となる。 こうした見通しのもと、研究を進めていくなかで、リクール哲学の概念構成そのものにおいて「赦し」の概念がどのように位置づけられるのか、という主題へと研究が深化していくこととなった。すなわち、「赦し」の概念がリクール哲学においてかくも重要な位置づけを得ることになった背景として、最初期の著作『意志的なものと非意志的なもの』以来晩年に至るまで、リクール哲学全体にわたって「悪」の問題がきわめて根本的なモチーフをなしていることがあり、この点を踏まえて、リクール哲学全体を貫く「希望」の論理について検討を加え、その成果を「リクールにおける悪の問題」として口頭発表した。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
リクール正義論を「赦し」の概念を軸に再検討するという試みは、すでに平成26年度より着手しており、その成果は論文「リクールとアーレント――アーレントとリクールの『赦し』論をめぐって――」として発表済みであった。また、必ずしも多くはないが、リクールの「赦し」の概念については、いくつかの先行研究が存在する。そこで、本研究の独自性をより明確なものとするという観点からも、上記に記したように、リクール哲学の概念構成そのものにおいて「赦し」の概念がどのように位置づけられるのか、という主題へと研究が深化していったことは、必然的なことであると評価することができ、また、事前に十分に予想できた展開であった。 また、以上の結果として、リクール哲学全体にわたって「悪」の問題がきわめて根本的なモチーフをなしていることを、リクールのテクスト全体を読み直すことを通じて再確認し、この「悪」のリクール哲学全体を貫く「希望」の論理について考察を深めることによって、リクールの哲学のみならずその宗教哲学にまで踏み込んでいく足掛かりを得たことは、リクール正義論をその根本的な着想そのものにまで肉薄するという観点から、非常に有益であったと考えられる。 しかし、本研究はリクール哲学全体をその対象としたものではなく、あくまでリクール正義論の研究であるから、平成27年度の研究成果を踏まえつつ、それを本研究全体へとフィードバックさせていく必要がある。これは、今年度以降の課題となる。
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Strategy for Future Research Activity |
平成28年度は、前年度の成果をもとに、リクールの正義論とロールズの正義論とを照らし合わせながら、両者の相違点と、前者が後者に対して持ちうる積極的な意義を探る。その際の中心テーマは、「『善い生き方』の実現を目指すリクール正義論を、正義にかなった社会の実現を目指して構築されたロールズの正義の諸原理と整合的に理解するための論理を構築すること」である。 リクール正義論は、彼自身の倫理学の構想の延長線上にあり、その意味でリクール哲学の一つの到達点と見なすことができる。したがってそれは、リクールがこれまで思索の糧としてきたヨーロッパ哲学史の蓄積を土台としつつ、「私たちはいかに生きることを望むか」「善い生き方とは何か」という倫理学的ないし人間学的洞察に裏打ちされている。他方で現代正義論は、ロールズの『正義論』が社会契約論的発想から出発しつつ「正義にかなった社会を構想する」ことを根本的な主題としいたことから理解されるように、個人がいかに振る舞うべきかといった規範意識を問うというよりも、社会全体をよりよいものに改めていく際の原理を問うという問題意識に貫かれている。こうしたロールズ正義論の方向性は、原則として、善悪や価値の問題が問われるような、個別的な生における具体的な場面を主題的に扱うことはない。 このように、両者の議論はそもそもの出発点が異なるため、参照している哲学史的な知見が重なるにもかかわらず、両者を単に対照させるだけでは、議論がうまくかみ合わないという事態が生じる。そこで、リクール正義論の根本的な着想とロールズ正義論との対照および接続を行うためには、両者が目指している正義にかなった社会の構想をめぐる根本的な洞察や、土台となる人間観・倫理学観などを丁寧に再構成してやる必要がある。以上を今年度の課題として、研究を進める予定である。
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Research Products
(4 results)