2016 Fiscal Year Research-status Report
ケアの社会倫理学の方法論的定礎(脱集計化と記憶のケアを軸として)
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15K01985
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Research Institution | International Christian University |
Principal Investigator |
川本 隆史 国際基督教大学, 教養学部, 教授 (40137758)
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Project Period (FY) |
2015-04-01 – 2018-03-31
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Keywords | ケア / 社会倫理学 / 脱集計化 / 記憶の修復 |
Outline of Annual Research Achievements |
発達心理学者キャロル・ギリガンの問題作『もうひとつの声』が活写した「ケアの倫理」は、「正義の倫理」への対抗軸として打ち出されたものだが、本書の刊行を契機に始まった「ケア対正義」の論争においては、個々のニーズへの即応というアド・ホックな側面が強調される余り、「ケアの倫理」の方法論の究明がいささかおろそかになったきらいがある。本研究はその不備を埋めるべく、ケアの倫理の方法論を「脱集計化」(厚生経済学者アマルティア・センの手法)と原爆被爆の当事者および二世との交流を通じてその重要性を学んだ「記憶のケア」という二つの軸に沿って練り上げようとするものである。 プロジェクトのスタートから2年目となる本年度は、「記憶のケア」と「脱集計化」に関する二つの論考と一つの新聞連載記事を世に送ることができた。ひとつは、「記憶のケア」の着想とその展開をたどった講演記録(前任校・東京大学教育学部の『研究室紀要』に載せた「記憶のケア・脱中心化・脱集計化――ある倫理学者のスローな足どり」)。もうひとつは「広島の思想」を特集した雑誌『現代思想』への寄稿「記憶のケアから記録の修復へ――ひとりの被爆者の「物語」に寄せて」であって、いわば「記憶のケア」の応用編に相当する(ちなみに本稿は、朝日新聞2016年8月25日朝刊に掲載された「注目の論点」において好意的なコメントを賜っている)。この2作品と同じく「記憶のケア」をめぐる中国新聞の連載記事とを合わせて、研究成果を社会に向けて発信する足場を固めることができたため、最終年度に向けての準備態勢がしっかり整ったものと総括している。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
1: Research has progressed more than it was originally planned.
Reason
本年度は初年度に実施した研究の基盤整備を足場として、(1)各種のケア現場へ赴いての参与観察、(2)関連文献の収集と読解、(3)国内の研究協力者との連携という三つのパートすべてにわたって、一定の実績を積み重ねることができた。特筆すべき達成は、上記2)において言及した二つの論考と一つの新聞連載記事である。また被爆地・広島において地域の歴史と人びとの記憶を掘り起こしてきた「己斐歴史研究会」との交流が深まったことも、ここで強調しておくべきだろう。とりわけ同会会員の佐伯晴将さんの手になる二つの資料集――(1)『広島市西区己斐町 聞き書き 子どもの頃の思い出と原爆体験』(2015年8月6日発行)および(2)『ふるさと己斐誌 資料編(2)ふるさと己斐を記録した資料の総目録―本・手記・絵画・写真・詩歌など』(2016年3月19日発行)――の供与を受けたことは、「記憶のケア」をめぐる本研究の深化に資するところ大であった。なおこれらの資料を国立広島原爆死没者追悼平和祈念館ほかの資料室に収める仲介を果たせたことを、本欄に付記しておきたい。
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Strategy for Future Research Activity |
最終年度も引き続き、以下の三本柱をもって研究を深化・展開し、複数の回路を通じてその成果を社会に還元したい。 1.「脱集計化」および「記憶のケア」にかかわる各種現場の実態調査――医療、看護、介護、教育といった各種のケアの現場において、そうとは名づけられていないものの「脱集計化」や「記憶のケア」が巧まずして実践されている。こうした取り組みの実態を参与観察する。 2.ケアの社会倫理学に関わる文献の収集と読解――研究課題に関連する①社会倫理学・応用倫理学、②厚生経済学・社会的選択理論、③社会福祉学・ケア理論の基本図書および関連資料を広く国内外から渉猟し、その読解を行なう。 3.国内の研究協力者との連携。
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Causes of Carryover |
(1)年度末の出張旅費や図書購入費が年度をまたいでの支出となったこと、および(2)蒐集した資料・データの整理を頼むつもりだった院生が進路変更などの事情で年度内の業務に就けなかったこと――この二つが主たる理由である。
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Expenditure Plan for Carryover Budget |
繰り越した金額をまずは出張旅費(複数回)に振り向けるとともに、適宜、「設備備品費」「消耗品費」、「謝金」(資料整理)にも充当する。
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Research Products
(4 results)