2015 Fiscal Year Research-status Report
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15K02071
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Research Institution | The University of Tokyo |
Principal Investigator |
高久 恭子 (中西恭子) 東京大学, 人文社会系研究科, 研究員 (90626590)
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Project Period (FY) |
2015-04-01 – 2018-03-31
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Keywords | ユリアヌス / 古代末期地中海世界 / 歴史叙述 / 初期キリスト教史 / 新プラトン主義 / 宗教史 / 心性史 / インテレクチュアルヒストリー |
Outline of Annual Research Achievements |
2015年度は単著『ユリアヌスの信仰世界』上梓に向けて原稿の改訂作業を行った。この過程ではユリアヌスの宗教観に関する従前からの考察を洗練させるとともに、古代末期から現代に至るユリアヌス受容史の概観を行い、自らの宗教観と理想国家論の構築にあたってユリアヌスが参照した先行する思想の系譜に関してさらに考察を深めた。 報告「聖地としてのエルサレムとユリアヌスの信仰世界におけるユダヤ教」(聖書学研究所例会、2015年4月)では、ユリアヌスの宗教思想におけるユダヤ人像と古代末期におけるエルサレムの関わりを論じ、ポスター報告「ユリアヌスの信仰世界とその形成 「古典」と「父祖たちの慣習」を通して」(西洋中世学会大会、2015年6月)では、本研究と『ユリアヌスの信仰世界』の問題意識の概略を解説した。 また、論考「ニカイアからカルケドンへ 古代末期の東方におけるキリスト論論争と教会政治史」(『東洋学術研究』(創価大学東洋哲学研究所)175号(第54巻第2号)、2015年11月、111-146頁)を執筆し、4世紀から5世紀中葉に至る教義論争史と教会政治史の概要を語り直す作業を行った。 「古代末期の宗教史叙述における「背教者」と災厄のイメージ」(日本宗教学会学術大会、2015年9月)及び「「供犠を行う哲人皇帝」の主題と古代末期におけるそのキリスト教的変奏」(古代史研究会大会、2015年12月)では、古代末期におけるユリアヌス像の連続性と変容に関する本研究の成果の一部を報告した。 物語研究会シンポジウム「災厄と物語」(2016年3月)では日本文学研究者を聴衆に、提題「橋をかける 災厄と危機の時代、宗教学、近現代日本語詩歌」を行い、折口信夫と辻邦生における「神々の死の時代における古典の擁護者」としてのユリアヌス像受容と、「危機と再生の時代」としての古代末期地中海世界に取材した現代日本語詩歌の系譜を紹介した。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
本年度は、単著『ユリアヌスの信仰世界』(慶応義塾大学出版会から刊行予定)上梓に向けた原稿の改訂作業と科学研究費公開促進費(学術図書)の申請(2015年10月)を最優先の課題とし、ユリアヌスの信仰世界の構造とその形成に関して従前から行ってきた考察をさらに深めた。この過程で、20世紀以降の「秘教的新プラトン主義と顕教的古典に引き裂かれる哲人皇帝」あるいは「古典の擁護者」として無毒化されたユリアヌス像に顕著な宗教史的関心の方向性を可能な限り明らかにするとともに、古代末期から現代に至るユリアヌス像の受容史を概観することが可能になった。また、先行する思想の系譜(プラトンの理想国家論、ディオン・クリュソストモスの王権論、イアンブリコスの哲人祭司論)とユリアヌスの理想国家論の関係やユリアヌス自身の宗教地誌・宗教民族誌観に関する考察を精緻化し、ユリアヌスの宗教政策の具現化の過程とその蹉跌を明快に描き出すことができた。 4世紀から5世紀中葉に至る教義論争史と教会政治史を概観する論考の執筆に加え、本研究の成果を伝える学会発表を通して、古代末期・ビザンティン宗教史研究におけるアレイオス論争・カルケドン論争期研究の重要性ならびに本研究の問題意識を周知する活動を行った。その結果、東洋思想研究者・西洋中世研究者・宗教学研究者・古代地中海世界史研究者と有益な情報・意見の交換の機会を得て、古代末期研究におけるインテレクチュアルヒストリー研究の意義と本研究のかかわりについて、より広い視座のもとで把握することが可能になった。 さらに「神々の死の時代における古典の擁護者」としてユリアヌスを文化英雄とみなした辻邦生・折口信夫のユリアヌス理解を考察し、現代日本語詩歌において「危機の時代」としての古代末期に取材した作例を著した詩人の系譜における教養主義的古典古代受容・初期キリスト教史受容の関係を明らかにすることができた。
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Strategy for Future Research Activity |
単著『ユリアヌスの信仰世界』に関しては、2016年4月1日付で2016度科学研究費公開促進費(学術図書)交付内定を受けた。2016年度上半期は同書上梓に向けて最終的な改訂・校閲作業を行う。その後、ユリアヌスの著作群の邦訳刊行を目標として、翻訳・注解作業を行う。 ユリアヌス像の受容史研究のなかでも、特に古代末期におけるユリアヌス像の形成とその受容の過程に関してはさらなる精緻な観察が必要である。この状況を明らかにするために、並行史料(ナジアンゾスのグレゴリオス『ユリアヌス駁論』、リバニオスの「ユリアヌス弁論群」の諸著作、教会史家群の著作の該当箇所など)の訳出と分析を必要に応じて行う。 古代末期における「背教者」としてのユリアヌス受容を検討するさいには、古代末期の著作家たちにとっての在来の「父祖伝来の神々」の祭祀像および神話像に対する解釈の変容の系譜を概観する作業が必須となる。エウセビオス『福音の準備』からアウグスティヌス『神の国』、キュロスのテオドーレートス『ギリシア病の治療について』に至る神話論・伝統的宗教論の系譜を明らかにする作業を試みたい。 また、近現代日本文学史における古典古代像・初期キリスト教像受容の系譜を明らかにし、その文脈の上に辻邦生と折口信夫のユリアヌス受容を位置づけて論じる試みを行う。 以上の研究の成果として、ユリアヌスの評伝とユリアヌス像の受容史をあわせて論じる単著を著すことを目標とする。
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Causes of Carryover |
本年度は現地の政情により海外でのユリアヌス関連史跡の実地踏査・文献調査を延期せざるをえず、研究環境の整備を主眼として必要な文献・IT機器の購入を優先したため。
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Expenditure Plan for Carryover Budget |
繰り越し分は必要な文献の購入にあてることを最優先とする。
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Research Products
(10 results)