2016 Fiscal Year Research-status Report
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15K02086
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Research Institution | Teikyo University |
Principal Investigator |
冲永 荘八 帝京大学, 文学部, 教授 (80269422)
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Project Period (FY) |
2015-04-01 – 2019-03-31
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Keywords | 意識 / 創発 / 決定論 / 量子脳理論 / 重ね合わせ / 量子ゼノン効果 / 唯心論物理学 / リベットの実験 |
Outline of Annual Research Achievements |
平成28年度は、本研究課題の中心問題である意識の創発を、量子脳理論から見直すとどうなるかに、研究の焦点を定めた。 科学技術は、人間が理解不能、制御不能であったものを因果的に説明、予測、制御可能にし、同一の事柄を反復的に再現、産出可能にすることを特徴としている。その点では、人間を超えた制御不可能な実在や、その予測不可能な力と共存する古くからの営みとは大きく異なっている。特に脳神経科学は、これまで制御する側にあった主体の働きを解明し、意識状態を予測、制御可能し、様々な精神的な病理や死の怖れまでも、物理、化学的な手段によって繰り返し制御、統制可能なものにしようとしている。これは物質の因果律の中に心や超越者までもあてはめ、超越者を志向する精神の働きをも科学技術によって再現可能にしようとする試みにも相当する。こうした脳神経科学の発達が、意識をも決定性の下に解明、制御することになるのかが、本研究の28年度の課題であった。 そこで28年度では、決定性、制御可能性、再現可能性という科学技術の特色に対して、それらの特色とは本質的に異なる性質を意識の内に見出す、科学の側の立場に着目した。具体的には、意識の非決定性や自由意志の可能性を、決定性が支配する古典的法則が未成立の量子的な領域に見出し、基本的な粒子とその決定論的な運動ではなく、活動と自発性に実在性を見出そうとするR・ペンローズ、H・スタップや中込照明などの量子論的な意識論の立場である。そこでは脳状態は粒子的基本単位の配列状態ではなく、量子の重ね合わせの状態として考えられる。そしてこのような量子脳の見解が、決定論を証明したと解釈されることもある、B・リベットの実験などにどのような意義を持ったかを見た。また脳作用に量子論は不要とする批判に対しては、古典的立場では、物質の機械的運動からは意識の生成が原理的に説明できないという再反論が試みられる。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
28年度は、量子レベルの現象の非決定論的なランダム性から、世界全体の非決定性を導く立場の近年の物理学者が、創発に関わる哲学的議論に触れた際の言説を追った。この点については、当初の予定だった、Henry P. Stapp, の「量子ゼノン効果」における量子レベルでの心的性質の影響や、Paul Daviesにおける、宇宙をつかさどる因果法則と宇宙の創造という問題との矛盾などを検討することで、充分踏まえることができた。これらの研究においては、創発は「存在」は不変だが性質が創造されるという見解である一方、「存在」の創発の問題まで、ある程度踏み込むことができたと考える。「無からの創発」の次元での、因果性の法則自体のゆらぎや、原因のない出来事についても検討できたからである。このような理由で、本年度の研究計画は、「おおむね順調に進展している」と判断した。 しかしながら、当初の研究計画で予定されていた、量子脳理論への反論、つまり量子レベルでの心的性質や非決定性も、生命の持つ自由に関係するマクロな次元では相殺されてしまい、生命の自由にはつながらない、という議論については、十分な検討を行うまでに到らなかった。こうした心的性質やその非決定性への否定に対しては、「下方因果」否定の「弱い創発説」や、中立一元論的な存在論の検討を通じてさらに検討する必要がある。
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Strategy for Future Research Activity |
28年度の研究で残された課題として、量子脳理論ではクオリアや生命の自由を保証することにはにはつながらないとする議論への、反論の検討がまず必要である。そこで「下方因果」否定の「弱い創発説」や、中立一元論的な存在論が、検討の候補として考えられる。前者についてはAlexanderの創発説が、後者については物質と精神とを実在の二側面と見なす一元論の検討が候補として挙げられる。 これは、29年度の研究課題として当初計画した、中立一元論における「無」の探求とも重なってくる。中立一元論者は、世界を単純な「存在」からの創発とは見なさず、物質と精神との対立も含め世界を無限定な実在の分化の結果と考えた。しかし分化した世界は分化以前になかったのではなく、実在を特定の側面のみへ限定することが、この分化をもたらしたと考える。この点で、なかったものが創発するという創発説とは真逆である。つまり中立一元論では、物質も精神も含め、その一元的実在の中にすべてが存在していたことになる。この一元的な「無」限定の性質、そしてそこからの物質や精神の生成を、西田の「無の場所」やNagelのThe View from Nowhere, 1989における、限定される枠組みのない“nowhere”の世界などを通じて検討し、それを精神の「創発」説と対決させる。これを通じて、「無からの創発」に関して、一定の見解を呈示することを目指す。 しかし創発説側からの中立一元論批判も検討する必要がある。たとえば、中立一元論は心の働きが物理的世界に因果的な役割を及ぼす理由を説明せず、進化論上の心の役割を説明できないといった批判がある。ここに応えるにあたり、物質と心との断絶を最初から成立させない中立一元論の立場がどこまで妥当か、立ち入って検討する必要がある。
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Causes of Carryover |
28年度に購入した、海外の書店で販売の古書について、Amazonで取り寄せをしたところ、海外のため発注と郵送に予想以上の時間がかかり、決済が3月末をすぎてしまったものがあった。この決済時期が29年度送りになった古書の額が、「次年度使用額」に相当する。
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Expenditure Plan for Carryover Budget |
「次年度使用額」に回された海外古書については、決済が取れ次第支払う。
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Research Products
(6 results)