2016 Fiscal Year Research-status Report
宗教的マイノリティの文化表象―インドネシア、バリ島ムスリムの芸能民族誌
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15K02098
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Research Institution | Tokyo National University of Fine Arts and Music |
Principal Investigator |
城島 亜子 (増野亜子) 東京藝術大学, 音楽学部, 講師 (50747160)
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Project Period (FY) |
2015-04-01 – 2018-03-31
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Keywords | インドネシア / イスラム / 芸能 / 宗教 / マイノリティ |
Outline of Annual Research Achievements |
平成28年度は8月、12月、2-3月にインドネシアのバリ島、ロンボク島、ジャワ島で現地調査を行い、バリ島のムスリムの芸能実践および近隣諸島の関連する芸能についての情報収集及び芸能上演の記録を行った。 3回の調査では男性群舞ルダットrudatの上演実態を中心に調査した。バリ島では東部のカランガスム県と西部ジュンブラナ県各地を中心に、主に預言者生誕祭の様子やルダット上演とその練習風景を記録し、情報収集を行った。 ロンボク島(8月)調査ではロンボク芸術祭における一連の芸能上演と、ルダット競技会を観察し関係者にインタビューを行った。ジャワ島西部での調査(3月)ではクニンガンおよびチルボン地域でルダットとルダット関連の芸能について調査を行った。 これらの調査を通して、下記の点が明らかになりつつある。(1)バリのムスリムが行うルダットと他地域の表現様式の差異と共通点、(2)バリのムスリム芸能はインドネシアを横断する文化的なネットワークの中に位置づけることができる、(3)宗教的な人口比がバリと異なる他島と比較すると、宗教的マイノリティであるバリのムスリムにおいて、宗教的な要素がより強くアイデンティティと結びついていること、(4)彼らがヒンドゥ教徒のためにも上演を行い、それがローカルな政治的・文化的力学の交渉の場として重要であること。 これまでの研究成果に基づき、4本の論文(口頭発表)を行った。日本語では文化人類学会大会(H28年5月、南山大学)で口頭発表し、英語では国際伝統音楽学会(ICTM)音楽とマイノリティ・スタディ・グループ会議(7月、レンヌ第二大学)、同・東南アジア芸能スタディ・グループ会議(8月、シティテル・ペナン)、インドネシアのイスラムと芸能シンポジウム(11月、ワシントン)で口頭発表を行った。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
予定していた調査の一部は延期せざるを得なかった。楽器の注文製作と製作プロセスの記録は、生態系の変化により材料(大きな椰子の幹材)が入手困難であることが判明し、やむなく延期とした。また詩の朗誦の研究と歌詞の翻訳分析は、予定よりも遅れている。理由はいくつかの村落で、歌詞の文字化作業に現地芸能者の協力を得ることが難しく、また反対に予想以上に豊富な情報を得られた他の芸能の調査を優先したことによる。 予定通りに進行できなかった部分がある一方で、特にルダット(舞踊)に関しては、予想より多くの上演地で充実した調査資料を得た。28年度には4か所で上演(およびその稽古)を記録観察し、上演文脈に関係する情報収集を行うことができた。特にバリ東部のシンドゥ村では、ヒンドゥー教徒の葬送儀礼においてムスリムがルダットを上演する貴重な機会に立ち合い、儀礼の状況を観察することができた。また同村では預言者生誕祭(マウリッド)の行事を調査でき、ルダット以外の活動を含む儀礼と行事のプロセスを観察することができた。またロンボク島とジャワ島西部での調査でも、バリ外のムスリムの芸能活動に関する理解を深めることができた。 研究成果の公表については、今年度は計4回の口頭発表(国際学会3回と国内学会1回)を行い、海外の研究者と貴重な議論と情報交換を行った。特に国際伝統音楽学会のマイノリティと音楽研究会では、他地域の、政治的・民族的マイノリティの音楽活動に関する議論から多くの知見を得ることができた。また研究成果の一部は今年度中にネット上で論文として発表する予定である。このため当初予定していた学術誌誌への論文投稿・出版は次年度に延期した。 以上のように計画の一部には変更があるものの、全体としては現地調査から多くの資料が得られ、成果発表も複数回行っていることから、概ね研究は順調に進展しているといえる。
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Strategy for Future Research Activity |
27-28年度はバリ島各地のイスラム集落におけるそれぞれのローカルな芸能実践を詳細に記録・考察することに主眼を置いてきたが、29年度は、研究の総括としてバリのムスリム芸能全体をより大きな視野からとらえていきたい。 具体的な研究課題は下記の4点である。(1)地元のローカルな共同体におけるムスリムとヒンドゥーの文化的関係をミクロな視野から分析する、(2)バリの文化表象における宗教的マイノリティの位置付けを政治的・経済的・社会的文脈から考察する、(3)インドネシア他地域のイスラム文化との相互関係の歴史的側面と現代的な諸相を明らかにする、(4)グローバル化するイスラム世界の動向の中にバリのムスリム文化の中に位置づけることを目標に、現地調査と文献調査を続行する予定である。 今年度は8月と2-3月に各数週間のインドネシアでの現地調査を予定している。バリ島を本拠地とし、バリ各地のムスリム集落での調査を継続して理解を深めながら、隣のロンボク島北部とジャワ島の西部・中部でも現地調査を続行する。そこからルダットという芸能そのものの起源やバリ島への伝播の過程についてなんらかの仮説を提示することを目標としたい。またそれぞれの土地における芸能実践の位置づけ、芸能の持つ宗教(イスラム)性の有無と濃淡、人々の芸能に対する解釈等の点からムスリム芸能をとりまく文化的・社会的文脈について分析を進める。またインドネシア以外の諸地域におけるマイノリティの芸能実践の事例研究や、イスラムと音楽や芸能の関係に関する文献調査から「マイノリティと芸能表象」という大きな研究課題について考察していきたい。 研究成果の公表については、本年度は国際伝統音楽学会ICTM国際大会(7月)と東洋音楽学会(12月)でそれぞれ口頭発表を予定しているほか、年度内に日本語と英語による学術誌への論文投稿を目標とする。
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Causes of Carryover |
(1)当初の計画では現地調査における芸能の撮影・記録のために、特別に上演を依頼する必要があり、演者に謝礼が発生するものと予定して相当額の人件費、謝礼を予算計上していた。しかし調査期間中にたまたま儀礼や公的行事など、申請者の依頼に依拠しない芸能上演の機会が複数回あり、幸いにも撮影と記録を許可された。このため上演を依頼した場合にかかる経費(謝金)の支出を、当初の予定よりもかなり少なく抑えることができた。 (2)現地調査の一部でホテルを使用せず、知人宅に宿泊したために宿泊費が抑制された。
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Expenditure Plan for Carryover Budget |
(1)当初予定では、29年度は現地調査1回(インドネシア)を予定していたが、8月と2月の2回、合計約7週間行うこととし、未使用の繰り越し分をこの予算に充てたい。 (2)未使用の謝金の一部は現地調査(ロンボク島・ジャワ島・バリ島)で他の芸能の上演を依頼する際の謝礼、および記録と翻訳作業の経費として使用する。
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