2015 Fiscal Year Research-status Report
チェコ・ナショナリズムの音楽表象と民族的アイデンティティ獲得の為の闘争
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15K02113
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Research Institution | Tottori University |
Principal Investigator |
内藤 久子 鳥取大学, 地域学部, 教授 (60263456)
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Project Period (FY) |
2015-10-21 – 2018-03-31
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Keywords | チェコ・ナショナリズムの音楽表象 / 民族的アイデンティティ / コンフリクト(闘争) / B.スメタナ / A.ドヴォルジャーク / 国民オペラ / L.ヤナーチェク / ボヘミア楽派 |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究の目的は、主に19世紀から20世紀初頭の、まさに世紀の転換期における「チェコ芸術音楽」の動向を「民族性の獲得」という「文化ナショナリズム」の視点から繙くことにある。こうした「近代チェコ音楽」の成立に向けた動きの中で、H27年度は、具体的に芸術表現に組み込まれたメッセージやメタファーを解読すべく、スメタナの喜歌劇を分析することで、「チェコ性」がどのように決定されていったのかを解明した。その成果は、1)「 19世紀『国民オペラ』の表象- B.スメタナの喜歌劇と地方色(ローカル・カラー)の描写-」という研究課題について、既に4月下旬に開催の「民族藝術学会第31回全国大会」での発表をもとに、同学会誌に論文を投稿し、採択・発行された。また、2)「中欧のチェコにおける『民族主義オペラ』の変遷-『ボヘミア楽派』から『モラヴィア・フォークロア主義』へ」をテーマとする研究を遂行し、民族的アイデンティティを軸とした「チェコ・ナショナリズムの様式上の変遷」をスメタナからヤナーチェクに至る系譜として明らかにすることができた。 さらに、3)音楽の「ナショナリズム論」を基礎づけるために、「19世紀『ナショナリズムの音楽』の美学」と題して『地域学論集』(鳥取大学地域学部紀要)に論考を纏め、ナショナリズムの音楽現象の前提をなす「地方性への回帰と歴史的合意」について洞察し、「チェコ国民オペラ」の成立と「ローカル・カラー」の描写の意味を、単に固有性としてではなく、19世紀という時代を貫徹する普遍的条件として捉えることで、「ナショナリズムの音楽」の理念と解釈の問題について論究した。 特にH27年度は、チェコ国民音楽の創始者であるスメタナのオペラ作品に注目し、「チェコ性」を喚起する要因とは何かを分析・追究しつつ、「ナショナリズムの音楽」の解釈とその前提条件の一事例を明解に示すことができたと考える。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
本研究課題は、H.27年度10月下旬の採択であり、故に研究期間は5ヶ月程残されていたに過ぎなかったが、既に研究のプロローグとして、同年4月26日の「民族藝術学会大会」での発表を通して、本研究に関する活動を始動させていた為に、まず「国民オペラ」を通して明示され得る「チェコ性」についての考察を、さらなる資料を通して進展させた結果、同学会誌に論文を投稿、採択されるに至った。同時に、その基礎学としての、「音楽のナショナリズム論」を展開させつつ、何よりも音楽作品における「チェコ性」のイメージ形成のプロセスや、「国民オペラ」を構成すると見られる諸要素について、詳細な分析を試みることができたと考える。加えて新国立劇場(東京)のオペラ解説誌に、そうした「チェコ性」の内容を包含する「民族主義オペラの系譜とその様式上の変遷」を軸とする招待論文を纏め上げたことも大きな成果といえる。その他、地元管弦楽団によるA.ドヴォルジャーク公演に際し、ドヴォルジャークの音楽に関する「インタビュー記事」の執筆を通して、その「スラヴ性」に関する論考が、さらに本課題研究を、次年度の研究内容へと発展させる一つの契機になったと考えることができること等が、その主な事由として挙げられる。
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Strategy for Future Research Activity |
今後の研究方策として、研究計画上の大きな変更は考えていないが、とりわけ19世紀~20世紀に展開していった「スメタナ対ドヴォルジャーク論争」に関する考察に深く取り組む予定である。そして19世紀のドヴォルジャーク賛美とスメタナ批判、さらに20世紀のスメタナ擁護とドヴォルジャーク批判について、従来の表層的レベルからより体系的に、様々な角度から立体化して捉え、第一次資料はもとより、第二次資料等からも広範囲に「アイデンティティ獲得」に向けた当時の芸術活動を読み解くつもりである。 具体的な方策としては、1)20世紀の政治家・音楽学者のZ.ネイェドリーに最も影響を与えた O.ホスティンスキーの論考に注目し、『スメタナと近代チェコ音楽をめぐる論争』と題したチェコ語文献を中心に、スメタナを支持した美学者の精神構造を繙きながら、当時スメタナが置かれていた立場や音楽活動の役割についても洞察する。2)「国民劇場」創設の意味や「ドイツ人支配に対するチェコ人の抵抗」についても調査を試みる。3)「芸術家としての使命」や「芸術と国家形成をめぐる葛藤」の数々、とくに「第一次大戦とチェコ性をめぐるコンフリクトの様態」を明らかにしていく。4)19世紀のドヴォルジャークの音楽活動にみる「国際性とエグゾティシズム(異国趣味)」に焦点をあて、とりわけウィーンの作曲家 J.ブラームスとの書簡を通して、「ウィーンにおけるドヴォルジャーク受容の様態」について解明にする。 最終的には、チェコ国民楽派の作曲家の他、さらに20世紀、現代作曲家としての L.ヤナーチェクの動向をも含めて、ボヘミアとスラヴの間で揺曳する「チェコ性」の有りようについて、所謂、近現代チェコの音楽活動を鳥瞰する中で、如何にしてチェコ人が、「民族的アイデンティティ」を獲得する為に苦闘を重ね、様々な葛藤とコンフリクトを展開していったのかを深く洞察する。
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Causes of Carryover |
本科研費の採択が、H.27年の10月下旬であった為、予定していた西洋音楽史関係資料22巻の購入を即時実施したが、学会旅費や纏まった書籍等の購入は、次年度以降、より有効に使用したいと考え、即ち、H.27年度の配分額を、残り5ヶ月のみで消費してしまうのではなく、翌年度分として請求した助成金と合わせて使用することとした。
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Expenditure Plan for Carryover Budget |
H.28年度は、10月と11月に開催される美学会および日本音楽学会、さらに例会等の旅費として、ならびに翌年3月に開催される国際音楽学会の旅費として使用する計画である。加えて、チェコ語ないし独語の文献資料の購入を、アカデミア・ミュージック社を通して実施する予定であるとともに、音響資料や楽譜の購入にも当てる等、より有効に使用する計画である。
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Research Products
(4 results)