2017 Fiscal Year Research-status Report
チェコ・ナショナリズムの音楽表象と民族的アイデンティティ獲得の為の闘争
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15K02113
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Research Institution | Tottori University |
Principal Investigator |
内藤 久子 鳥取大学, 地域学部, 教授 (60263456)
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Project Period (FY) |
2015-10-21 – 2019-03-31
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Keywords | チェコ・ナショナリズムの音楽 / 民族的アイデンティティ / B. スメタナ / A. ドヴォルジャーク / L. ヤナーチェク / チェコ国民オペラ / ボヘミア楽派 / 地方色(ローカル・カラー) |
Outline of Annual Research Achievements |
本課題研究の目的は、近現代における「チェコ芸術音楽」の表象を「ナショナリズム」の視座から解明することにある。昨年度に続き、19世紀「チェコ民族主義の音楽表象」の一面を特色づける「英雄的なるものと素朴なるもの」(J.Samson)を焦点として、今年度も分析研究に取り組んだ。 1)特に本年度は「英雄的なるもの」の表象に注目し、まず第33回民族藝術学会大会(4月22日)に於いて、「チェコ民族主義の音楽と聖地-『リブシェ神話』と『フス教徒運動』の視座から」と題する研究発表を行うとともに、当発表をもとに加筆・修正した論文が、学会誌『民族藝術 ETHNO-ARTS VOL.34』に採択された(2018年3月30日発行)。論考の趣旨は、B.スメタナ(1824-84)の連作交響詩《わが祖国》(地誌的標題に基づく交響詩)の第一曲〈ヴィシェフラット(高い城)〉と第五曲〈ターボル〉を分析対象とし、神聖なる「ヴィシェフラット」の地を舞台とする「リブシェ神話」や、ターボルを拠点とする「フス教徒運動」を通して、チェコ民族の音芸術と二つの聖地が、「民族主義」を軸にどのように結びついたのかを詳細に論じたものである。2)一方、「素朴なるもの」の表象に関する研究も継続して進め、2018年3月29日開催の「日本スラヴ学研究会大会」(於:東京大学、本郷キャンパス)では、「チェコ国民オペラの創造-B.スメタナの喜歌劇《売られた花嫁》にみる『チェコ性』のイメージ」と題する招待講演を行い、従来の「地方色」に関する論考を更に深めつつ、「国民オペラを構成する要素とは何か」を論点としたシンポジウムに加わった。3)チェコ民族主義の音楽の変遷を論じた英語論文“Czech Music and Politics from the Late 19th Century to Early 20th Century: Formation of a Modern Nation and the Role of Art Music”を、『地域学論集』(第14巻第2号)に投稿・発行された。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
3: Progress in research has been slightly delayed.
Reason
本研究課題は約7ヶ月遅れの、H27年度10月下旬に採択された経緯があり、またH28年度における業務多忙や海外出版社の諸事情による文献入手の遅滞があったものの、本課題に対してこれまで精緻に且つ着実に取り組んできたといえる。とはいえ「チェコ・ナショナリズムの音楽表象」の研究は奥深く、本研究を遂行する中で、当然、ハプスブルク帝国内での音楽活動の状況も射程に入れる必要があるとの考えに至り、助成事業期間の延長を願い出た次第である。 特に今年度は精力的に研究を進めることができ、まず4月に「第33回民族藝術学会大会」にて研究発表を行い、「民族藝術学会誌 第34巻」(H30年3月30日)に当論文が採択されたことで、本課題研究を更に深めると同時に、スメタナの代表作《わが祖国》の分析研究を、神話・伝説や歴史の視座から幅広く再考するに至った。これにより「素朴なるもの」の表象に加えて、「英雄的なるもの」の表象としての「チェコ民族主義の音楽」の様態をより深層的に、また文学や歴史といった幅広い視座から解明できた。 更にスメタナの国民オペラを焦点とした「素朴なるもの」の表象に関する研究についても、「日本スラヴ学研究会大会」(於:東京大学、2018年3月29日開催)での約1時間に及ぶ招待講演を通して、「『チェコ性』のイメージとは何か」や「国民オペラとは何か」といった中心的論考を、「スラヴ学」という射程から論究できたといえる。 これらに加えて、「チェコ民族主義」の複合的な変遷の過程を明らかにすべく、「19世紀末から20世紀初頭のチェコ音楽と政治」という邦訳題目で、チェコ近代国家の成立をめぐる動向を通して、特に「チェコ芸術音楽の役割」について洞察した英語論文を『地域学論集』(第14巻第2号;H30年3月12日発行)に投稿し、「チェコ・ナショナリズムの音楽表象」の重層性について纏めることができたと考える。
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Strategy for Future Research Activity |
H27年の10月より進めてきた本課題研究について、事業期間を1年延長することでH30年度の集大成を目指し、広くウィーンの音楽界との関わりも含めてチェコ音楽の動向を洞察し、チェコ国民楽派の面々がいかにしてチェコ民族のアイデンティティを獲得することを目して闘ったのかという点を明らかにしていく。そしてH29年度に生じた未使用額はその為の文献入手の他、何よりも本課題の充足的達成に向けて、より精緻な論文発表を行う為の経費に充てることにしたいと考えている。 今後の研究方策としては、「チェコ民族主義の音楽表象」を総活する段階に向けて邁進し、特に音楽表象を通した「スメタナ自身の闘争」に焦点を絞りながら、纏めていくことにする。同時に、ウィーンやパリ、ロシアでの公演や批評を通して、「民族性」の表象がどのように外的状況に対応して変化していったのかも含めて考察する。 第一に、チェコ国民楽派の創始者スメタナ自身の創作活動における「民族的闘争」の様態と「チェコ性」についての課題を総括し、スメタナ自身の書簡を丹念に読み解きながら、スメタナを擁護した美学者O.ホスティンスキーの重要な研究書『スメタナとチェコ近代音楽をめぐる闘争』(チェコ語文献)を読み深める。そして「チェコ国民オペラの創造と『チェコ性』のイメージ形成」というテーマで、特に「韻律」の問題を焦点に「チェコ性」の意味を再考し、「日本スラヴ学」の学会誌に投稿する予定である。第二に、19世紀「ドヴォルジャークの音楽活動にみる国際性とエグゾティスム」にも注目し、とりわけウィーンの巨匠J.ブラームスや美学者E.ハンスリクとの往復書簡を通して、ウィーンにおける「ドヴォルジャーク受容の様態」についても明らかにする。こうして「チェコ民族主義の音楽表象」について「アイデンティティ」や「チェコ性」を焦点にチェコの文化ナショナリズム運動の全貌に迫っていく考えである。
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Causes of Carryover |
(理由) 今年度は特に海外出版社の諸事情により、複数の原書文献の入手が全般的に遅滞し、H29年度中にすべての欧文献を入手することが最終的に難しくなった為、補助事業期間を1年延長することで(既に認可済み)、次年度に当文献の購入が持ち越されることとなった。次年度は本研究の最終年度として研究の集大成を行うべく、未使用額を有効に使用させて頂くことで、本研究課題の成果をより充実した内容に纏める上げるつもりである。 (使用計画) 本年度の未使用額は、最終年度となる次年度において、本課題研究についてより充足的かつ精緻な研究発表の達成を目指す為の諸経費に充てることとする。具体的には、既にH29年度内に海外発注し、翌H30年度中に入手が予定されている文献の購入費用に当てる他、これまでと同様、アカデミア・ミュージック社を通じて、貴重な西洋音楽史文献やチェコ語文献の入手を継続して進めて行くことに加え、更に学会発表の為の費用(11月の日本音楽学会や例会などでの発表)等、本課題研究の集大成に向けた論文投稿や発表を行う為の諸経費に充てる考えである。特にH29年度末に開催された「日本スラヴ学研究会」における招待講演やシンポジウムでの纏めを、より精緻な内容へと昇華させた論文作成の為の経費に充てるつもりである。
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Research Products
(4 results)