2015 Fiscal Year Research-status Report
方法としての有島武郎-1920年代の朝鮮文壇における女性・子供・労働者の表象
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15K02239
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Research Institution | Utsunomiya University |
Principal Investigator |
丁 貴連 宇都宮大学, 国際学部, 教授 (80312859)
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Project Period (FY) |
2015-04-01 – 2019-03-31
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Keywords | 有島武郎と外国文学 / 有島武郎と西欧 / 有島武郎とアジア / 有島武郎と中国 / 有島武郎と韓国 / 有島武郎とアメリカ / 東アジアと日本近代文学 / 比較文学 |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究の目的は、韓国の近代文学者が有島武郎の何を、そしてそれをどのように受容したのかを、同時期の中国の近代文学者の間で巻き起こった有島ブームと比較考察することによって、アジアへの関心の欠落が指摘されている有島が東アジアの近代文学者たちと問題意識を共有していたことを浮き彫りにすることである。研究初年度は「最も西欧的な知性の作家」と言われる有島が、1910年代から20年代にかけて日本に留学していた韓国や中国など東アジアの近代文学者たちに広くかつ深く受容された背景の解明に取り組んだ。その結果、以下の点が浮き彫りにされた。 一番目に、1910年代に日本に留学していた韓国と中国のエリートたちは白樺派の主張に強い関心を示し、中でも社会的弱者の女性や子供、下層勤労階級への同情とその解放を主張する有島の作品に深く共鳴していたこと。二番目に、韓国と中国の留学生たちは有島の作品を愛読するにとどまらず、それらを積極的に翻訳出版し、1920年代の韓中両文壇で有島ブームが巻き起こったこと。三番目に、有島の作品の中でも近代的自我に目覚めた女性の戦いとその破滅を描いた『或る女』、自己の本然の要求に生きようとする人間と自然との相克を描いた『カインの末裔』と『生まれ出づる悩み』、未来を担う子供の個性と尊重を唱えた『小さき者へ』などへの関心が高かったこと。四番目に、有島の北海道農場解放が韓国と中国の知識人の間に大きな波紋をもたらしていたこと。五番目に、人妻と心中した有島の情死事件を速報するなど、韓国と中国メディアは有島の突然の死に深い関心を示し、特に韓国では有島の情死報道を契機に文壇を挙げて情死ブームが巻き起こっていたことだ。 以上の点は、いずれもこれまでの有島研究ではあまり議論されなかった新しい視点である。本年度はその中でも特に、有島研究者たちが見逃していた有島の心中を巡る報道問題を研究論文として発表した。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
有島の『或る女』がトルストイの『アンナ・カレーニナ』をはじめとする西欧文学の深い影響の下で執筆されていたことはよく知られた事実である。『或る女』だけではない。処女作から晩年に至るまで有島のほとんどの作品は西欧の文学と思想の影響を強く受けている。それゆえ有島は「最も西欧的な知性の作家」と言われるようになったが、この西欧的性格こそが1910年代から20年代にかけて韓国や中国から来日した東アジアの留学生たちに広くかつ深く受容される契機となったことはあまり知られていない。 しかし、日本の近代文学者たちは有島文学における西欧的なものには強い関心を示し、受容関係の解明を積極的に行なったが、一方、有島の作品が東アジアの近代文学に影響を与えていたという事実にはあまり関心を示さなかった。そうした研究状況に違和感を覚えていた私は、2010年度から科学研究費基盤研究(C)を通して、有島文学をモデルに韓国文学の近代的性格と枠が作られたことを浮き彫りにし、欧米文学重視の有島研究に修正を迫った。 ただし本研究では、韓国における有島の受容と影響を指摘するに止まり、有島の作品が近代中国文学に受容された背景を明らかにすることはできなかった。そこで、2015年度から新たに始めた研究では、中国における有島ブームの実態を整理分析し、それを韓国における有島ブームと比較考察した。その結果、中国も韓国と同じく、有島の作品をモデルに中国文学の近代的性格と枠が作られていたことが浮き彫りにされた。 有島が西洋文学をモデルに日本の近代リアリズム文学の中の最高峰の一つと言われる『或る女」を生み出したことは周知の事実である。だが、その有島文学を範に、韓国や中国の近代文学者たちが作品を創出していたことはあまり知られてない。研究初年度の2015年度は、有島研究に新たな視点をもたらす手掛かりとなる基礎作業を重点的に行なった。
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Strategy for Future Research Activity |
本研究は、研究目的で示した①アジアへの関心の欠落が指摘されている有島が韓国や中国など東アジアの近代文学者たちと問題意識(女性問題・子供問題・下層労働者問題)を共有していたこと、②1920年代の韓国(中国)文壇における有島受容の背後に、近代化を渇望する東アジア知識人の危機意識が存在していたことを解明することである。従って、平成27年度から30年度の4年間に渡って、韓国と中国、米国で収集した資料を、有島が幼少年期を過ごした横浜と東京、そして大学時代と教授時代、結婚時代を過ごした北海道での体験と照らし合わせながら、資料の分析をし直す。 とりわけ、研究2年目の2016年度は、前年度の成果を踏まえつつ、これまで指摘にとどまった「最も西欧的な知性の作家」と知られる有島文学の本質に迫る。そのためには、有島の思想形成に深い影響を及ぼした米国留学時代へのフィール・ワークは欠かせない。そこで2016年度は主として、米国時代における有島関連資料収集と分析にあてる。その具体的な内容な以下のとおりである。 ①ハヴァフォード大学(大学院在学:1903-1904)②フレンド精神病院(看護夫時代:1904.7‐9)③ハーバード大学(大学院在学:1904‐1905)をフィールド・ワークし、有島の文学世界に深い影響を与えた留学時代の調査を行なう。 以上の計画を遂行するために、サバティカル期間を利用し、6月1日~2017年1月31日までの8か月間、コロンビア大学東アジア言語文化学部の客員研究員として派遣され、有島の思想形成に深い影響を及ぼした米国時代の解明に取り組む。 本調査研究によって、有島の文学と思想に深い影響を与えた米国時代の実態を明らかにするだけではなく、日本に受容された米国の文学と思想が韓国や中国など東アジア文化圏にどのように移動していったのか、その実態をも明らかにされると期待できる。
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Causes of Carryover |
研究初年度の本年度は、2010年度から行なった成果を引き継ぎつつ、日本に留学していた魯迅や周作人、郭末若など中国人文学者たちの間で巻き起こった有島ブームと比較考察し、1920年代に韓中両文壇で巻き起こった有島ブームの背後に存在する東アジア知識人の危機意識について分析を行なった。 しかし、有島と中国人文学者との影響関係に関する文献と関連資料及び研究論文は、わざわざ中国に出かけなくても、日本の大学や図書館、研究者などを通じて手に入ることができた。また、本課題を進めていく過程で、韓国と中国の文学者たちが同時期に有島の作品を愛読していた背後に有島と西欧文学との関わりが深くかかわっていたという新たな事実がが浮き彫りにされた。 そこで、中国関連資料の収集のために予定していた旅費を、2016年度に予定していたアメリカ旅費にあてることにした。
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Expenditure Plan for Carryover Budget |
研究2年目の2016年度は、「最も西欧的な知性の作家」と言われる有島文学の本質に迫るために、有島の思想形成に深い影響を及ぼした米国留学時代へのフィールド・ワークを計画した。当初の計画は、ハヴァフォード大学(3週間)とハーバード大学(3週間)、そして、コロンビア大学(3週間)にて資料収集を行う予定であった。 しかし、サバティカル期間の延長に伴い、コロンビア大学東アジア言語文化学部の客員研究員として8ヵ月間、長期滞在することができた。そこで、サバティカル期間中はコロンビア大学を拠点として、ハヴァフォード大学とハーバード大学、そしてフレンド精神病院などで資料収集を行い、有島文学研究に新しい視点を吹き込みたい。
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Research Products
(1 results)