2017 Fiscal Year Research-status Report
水戸藩と九州諸藩を中心とした近世前期の史書・記録類編纂と情報流通の研究
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15K02266
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Research Institution | Nihon University |
Principal Investigator |
倉員 正江 (長谷川正江) 日本大学, 生物資源科学部, 教授 (70307817)
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Project Period (FY) |
2015-04-01 – 2020-03-31
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Keywords | 小早川秀秋 / 大河内秀元 / 大河内秀連 / 光録物語 / 糟粕手鏡 / 関ヶ原合戦 |
Outline of Annual Research Achievements |
今年度は近世期出来の軍書における小早川秀秋像に関わる論考二点を発表した。秀秋は豊臣秀吉の養子となるが、関ヶ原合戦にて徳川家康側に付くいわゆる“裏切り”行為もあって、近世期から今日に至るまで芳しくない評判が付きまとっている。歴史的評価においても、否定的な見解がまま見られる。 一点目は『アジア遊学』掲載稿で、「関ヶ原はいかに語られたか いくさをめぐる記憶と言説」という特集が組まれ、各武将について執筆の割り振りがあり、小早川秀秋を担当した。秀吉の第二次朝鮮出兵「慶長の役(韓国にて「丁酉再乱」と称す)」に太田一吉に従って大活躍した三河出身の武将大河内秀元は、関ヶ原合戦時は、秀秋が家康に付くことを見越して従軍した。その戦功も手伝って、合戦後備前・美作藩主となった秀秋に召し抱えられた。慶長七年に秀秋が没した後は諸藩を転々とし、彦根藩致仕後は石清水八幡宮辺に住み、余生を送った。秀元の子息秀連は、父の一代記『光録物語』(従来「光禄」と表記される場合が多く、当初はそれに従ったが「光録」と訂正しておく)を寛文四年に完成させた。父からの聞書きが基となっており、旧主秀秋を美化する傾向もなしとはしない。その点を考慮してもなお、そこに描かれた秀秋と家康、家臣らとの交流は従来の関ヶ原合戦、特に伏見城攻防や秀秋像を覆す内容であることを指摘した。 二点目は『人間科学研究』掲載稿で、秀連が秀元宛の書簡等から抜粋して貼り込んだ『糟粕手鏡』を扱った。京都大学附属図書館に所蔵され、画像公開されている。注目すべきは余白の書き込みで、内容は主として秀元が語った戦国武将の逸話である。特に秀秋に関わるもの十種には、青年君主の颯爽とした言動が記され、これも従来の秀秋像を覆すものであった。また秀吉の遺誡・辞世が記され、北政所の侍女孝蔵主の手から秀元に渡された秀秋宛てのものである可能性を指摘した。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
写本・版本を問わず軍書は大部であるため、従来資料調査に時間を割かれていたが、近年各機関の画像公開が飛躍的に進み、画面上で研究を進められる部分が増大した。そうした事情が二本の論文に結実し、研究は順調に進展していると考えている。
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Strategy for Future Research Activity |
大河内秀元の著作で最も注目すべき『朝鮮物語(朝鮮記)』(寛文二年~三年成)について考察中である。本書は従来も「朝鮮軍記物」の一つとして注目され、「続群書類従」本と「通俗日本全史」本の二種の翻刻本文が存在することも知られているが、その意味については言及されていない。諸本調査と並行して、嘉永二年になってから刊行に至る事情を検討している。板元和泉屋善兵衛の初代・二代による幕末から明治にわたる出版活動を追究し、かなり明確になってきている。 また秀元・秀連父子の他の著作に注目することで、戦国末期~江戸初期の社会状況についても新知見を得つつあり、今後もこの方向で研究を推進する予定である。
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Research Products
(2 results)