2015 Fiscal Year Research-status Report
言説闘争としての日本近代詩史を再編する昭和期モダニズム出版物の研究
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15K02278
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Research Institution | Kyoto Notre Dame University |
Principal Investigator |
長沼 光彦 京都ノートルダム女子大学, 人間文化学部, 准教授 (70460699)
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Project Period (FY) |
2015-04-01 – 2018-03-31
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Keywords | 日本近代文学 / モダニズム / 商業美術 / 装丁 / 出版 / 大衆 |
Outline of Annual Research Achievements |
昭和期モダニズムに関わる要素のひとつ、商業美術について調査し考察した。商業美術は、濱田増治等により大正15(1926)年4月に結成された、商業美術家協会が提言する造語である。現代で言う商業デザインの領域を指す用語だが、単に美術を商業利用するのではなく、現代美術として積極的な意義が見出されていた。「商業美術家協会設立趣意」(1926.4)には、商業美術の特徴について、現代の産業及び大衆と結びつき、公共の場に設置され、かつ、商品の魅力を伝えるため実際的な効果が求められる、と述べられている。商業美術以前の芸術を、個人が贅沢を求めるブルジョア芸術として批判し、逆に、商業美術を、大衆に開かれ、その生活の維持に必要な生産行為を目的とする芸術として位置づけるのである。その思想的背景には、同時期の民衆思想、社会主義、構成主義があり、同時代のモダニズムと思想的基盤を共有している。また、モダニズムの志向である、形式の重視、大衆性、運動と速度、といった要素が、商業美術の表現には含まれている。商業美術において、これらの表現は主として視覚的効果の上に表されている。 文学ジャンルでその視覚的表現は、書物装丁に反映されている。書物装丁は大衆に広く届けられる商業美術の一例として位置づけられるのである。そのため濱田増治は、同時期に出版され、粗悪な大量生産として批判された円本を、大衆に届ける実際的な効用において、肯定的に捉えている。このような発想が、従来文学ジャンルで活躍していた装丁家に反映する例も見られ、恩地孝四郎はその一人である。 これらの成果は論文「昭和初期の書物装丁を支えた美意識 ―円本・限定本・商業美術―」(『京都ノートルダム女子大学研究紀要』第46号、2016.3)として発表した。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
3: Progress in research has been slightly delayed.
Reason
平成27年度研究計画の要点は、①パスファインダー作成を念頭に置く資料収集と書誌情報の整理②春山行夫と『詩と詩論』周辺の詩観を裏づける資料の調査③調査成果のネットワーク上の公開、の3点だった。①については、モダニズムに関する、多岐にわたる間テクスト的連関を、ハイパーテキストなどのフォームに落とし込むための資料収集が目的である。先行研究をふまえながら、関連資料にあたり、特に視覚的表現に着目して、間テクスト的連関を考察した。その成果が、【研究実績の概要】に示したものである。一つの表現や言説が、視覚あるいは速度といった、異なるキーワードや概念に結びつく事実を見出し、これら複数文脈の連関を図式化するには、ハイパーテキストなどの形式に移し替える必要を確認した。②については、春山行夫の主張の中でも、特に音声否定の根拠に、同時期の視覚表現重視の傾向から及ぼされる影響があることを仮定し調査した。これに伴い、同時期に春山行夫と影響関係にあると思われる詩人の表現や言説を調査した。従来の研究にも指摘されるとおり、詩表現のレイアウトに視覚効果が用いられる例があり、同時期の視覚芸術の表現および思想が影響していることを確認した。③については、調査は進んでいるものの、インターネット上に資料公開する活動が進捗しておらず、予定よりも遅れている。文献の書誌情報を示すだけでなく、間テクスト的連関を表すことを構想しているが、その方法がいまだ確定できないためである。書誌情報だけでも公開していくか、検討中である。むしろ、インターネット上の情報交換よりも、直接対面して研究者より教示を得る場面が多い現状である。
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Strategy for Future Research Activity |
まずは、モダニズムに関わる資料を収集調査を引き続き行っていく。当然のことながら、調査が進むと、当初予期していなかった間テクスト関連が発見され、これをまた辿っていくことになる。【研究実績の概要】で報告した、商業美術については、その商品という概念を共有していなくとも、視覚表現の面で、文学ジャンルの表現と影響関係のある連関を発見することができた。したがって、当初の研究計画では文学ジャンル中心に行う予定であるが、これら美術、映像のジャンルの間テクスト関連も調査していくことになる。文学研究の領域でも、言語とは異なるメディア表現との連関を調査したものは多いので、これらを参照しながら、資料探索を行う予定である。 また、春山行夫ら『詩と詩論』を中心とした、視覚表現重視と音声否定の傾向は、美術および映像ジャンルの影響を想定することはできる。ただし春山行夫は、単に音声を否定するのではなく、詩の構築にポエジーが必要だと主張する。このポエジー概念が、どのような要素によって表象されるのか、その理念と関わる間テクスト関連はまだ明らかにできてはない。また逆に、音声を重んじる側の主張は、伝統という概念で民衆と接続しようとしている。この点ではむしろ、音声を重んじる側の主張の方が、朗読というパフォーマンスを実践する点や、伝統の継承という点で、民衆を重んじるモダニズム的な要素と接続する面がある。映像がモダニズムの志向で、音声はモダニズム以前の志向だと、単純に分けることはできない。このような捻れた関係を明らかにする資料を見出すことが今後の目的となる。 さらに、ネット上の資料公開と情報交換については、形式の妥当性はともかく、情報発信をしていかなければ端緒につくことができないだろう。仮に適当なフォーマットを作り、資料公開をしていく予定である。
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Causes of Carryover |
研究推進するための、まとまった参考図書を、次年度分と合わせて購入するために、次年度使用額が生じた。出張計画は、通常業務の日程が予定と変わり、遂行することが難しかった。これに伴い、資料の複写代金も予定額どおりに使用しなかった。資料整理に伴うアルバイト雇用の計画は、研究分野に適合した大学院生など、適当な人物がいなかったため、使用しなかった。
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Expenditure Plan for Carryover Budget |
次年度使用額については、購入する予定の書籍を決めている。『海外新興芸術論叢書』 全22巻(ゆまに書房)。モダニズム関連の書籍を復刻した叢書である。これらを基にテキストを確認し、この叢書に収録されていない資料を、公共図書館などで調査していく予定である。
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Research Products
(2 results)