2016 Fiscal Year Research-status Report
言説闘争としての日本近代詩史を再編する昭和期モダニズム出版物の研究
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15K02278
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Research Institution | Kyoto Notre Dame University |
Principal Investigator |
長沼 光彦 京都ノートルダム女子大学, 人間文化学部, 准教授 (70460699)
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Project Period (FY) |
2015-04-01 – 2018-03-31
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Keywords | 日本近代文学 / 日本近代詩 / モダニズム / 新興芸術 / 春山行夫 / 象徴主義 / 詩論 / 昇曙夢 |
Outline of Annual Research Achievements |
日本近代文学のモダニズム研究で、必ず名前があがる春山行夫について、その著作で取り上げられる用語や文献について調査し、具体的な文脈をいくつか明らかにした。今回は特に、春山が参照した、大正末から昭和初期の美術評論との関係を発見することができた。具体的には、春山行夫「日本近代象徴主義の終焉」(『詩と詩論』第一冊、1928.9)に現れる「Cubi-symbolisme」「Ego-symbolisme」という用語は、従来の研究で春山の造語と見なされていたが、昇曙夢『新ロシヤ文学の曙光期』(新潮社、1924.10)のロシア未来派の記述を参照したことがわかった。『新ロシヤ文学の曙光期』では、ロシアの未来派として「自我未来派(エゴ・フューチュリズム)」と「立体未来派(クポ・フューチュリズム)」があげられている。。『新ロシヤ文学の曙光期』は、春山行夫「純粋詩とフォリマリスム」(『世界新興芸術派叢書 現代詩講座 第三巻』金星堂、1929.12)に参考文献としてあげられている。また、春山が使う「純粋詩」という言葉は、元はヴァレリーをふまえるものでありながら、原一郎『現代詩の諸問題』(興文社、1939.7)のように、同時期の文学者に理解されていない例もあった。それだけ「純粋」という語の同時代文脈での用例は広く、一定の理解を得ていたわけではなかった。また、春山自身が同時代の文脈の影響を受けて、ヴァレリーの用例から含意を広げて、シュルレアリスムへ接続させている面があることもわかった。これらの成果は、論文としてまとめ、「春山行夫と純粋詩」の題で、『京都ノートルダム女子大学研究紀要』第47号(2017.3)に発表した。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
平成28年度研究計画の要点は、①資料調査の持続、②研究成果の逐次公開と言説連関の相関図およびパスファインダーの試作、③調査対象の焦点化、である。①については、研究実績の概要に記したとおり、新興芸術論と呼ばれる大正、昭和初期の美術評論のジャンルに焦点をあてることで、春山行夫の言説に関わる間テクスト的連関を明らかにすることができた。平成28年度の「次年度使用計画」にあげていた、『海外新興芸術論叢書』22巻(ゆまに書房)に再録された文献を端緒として、周辺文献を探索した成果である。おかげで当初の計画とは異なる範囲に研究対象を広げる可能性を見出すことができた。この成果の一部は、「研究実績の概要」で示したとおり、論文にまとめ発表した。②について、パスファインダーの設計は、当初の計画に新しい要素を加える点はないが、実現が可能であることは確認した。また、論文発表をする際には、紙数の都合上、註釈などですべての間テクスト的連関を示すことが難しいことは、今回の論文発表でも確認した。ただし、資料のネット上の逐次公開は、資料の整理が遅れているため進められていない。パスファインダー形式で資料公開を目指すうえでも、どの程度の情報を記述するか、情報の選択について検討する必要がある。だが、所属大学図書館OPACで、購入した資料の基本情報は逐次公開しているため、本年も学外より資料の閲覧・複写依頼がある状況で、資料を公共の利用に供する目的は果たしている。③焦点化については、新興芸術論に着目することで、プロレタリア芸術とモダニズムの文脈の接点が明らかになることがわかった。平成27年度の研究成果を、さらに進めたことになる。春山行夫の言説を中心に、新興芸術論の文脈から、モダニズムの言説連関を整理していくことが、今後の課題となる。
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Strategy for Future Research Activity |
平成29年度の研究計画は、①資料一覧の作成、②言説連関の相関図およびパスファインダーの制作、③論文執筆など、成果の集約と発表を主たる目的としている。①の資料整理については、研究成果の逐次公開を目標としているので、収集した資料を整理し、すでに設置しているブログで引き続き資料を公開する。②パスファインダーの制作に関しては、資料整理の作業を通じて、パスファインダー形式の資料公開に適した、情報整理や形式を検討していきたい。③論文発表に関しては、平成27、28年度同様に、研究成果の一部をまとめることが可能であれば、論文として発表する。「研究実績の概要」で示したように、新興芸術の文脈から、プロレタリア文学とモダニズムの言説の関わりを明らかにする目途がついた。平成29年度は最終年度であるため、平成28年度までの新しい発見を取り入れながらも、まずは当初の研究計画の遂行を目指して、集約を図っていきたい。これまでの調査の過程で目当てがありながら、実物調査を果たしていない文献の調査を中心に、研究を推進していく計画である。具体的には、モダニズム以前の象徴主義、モダニズム以降の文芸復興と、モダニズムとを接続する、詩雑誌や詩人の調査である。これらの調査により、春山行夫を中心としたモダニズムの文学史における位置づけを見直し、それら文献の間テクスト的連関を、パスファインダー形式にまとめていく。
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Causes of Carryover |
研究計画を推進するための、必要な調査対象の資料を購入する計画を立てていたが、本年度の残額では費用が足りなかった。そのため、本年度の残額と合わせて、次年度購入することに計画を変更した。これが次年度使用額が生じた理由である。よって、次年度使用額は、本年度購入計画をしていた資料に使用する予定である。出張計画は、勤務先の通常業務の日程が変更され、遂行が難しかった。これに伴い、資料複写代金も予定通り執行しなかった。資料整理に伴うアルバイト雇用の計画は、研究分野に適合した大学院生など、適当な人物が見つからなかったため、執行しなかった。
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Expenditure Plan for Carryover Budget |
上記のとおり、次年度使用計画については、購入する資料をすでに予定している。古書、百田宗治『椎の木』第三次(1932)である。資料所蔵館が極めて少ないため、所属大学図書館を通じて、他の研究者に公開することで、日本近代文学研究推進に寄与することができるだろう。
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Research Products
(1 results)