2019 Fiscal Year Research-status Report
Project/Area Number |
15K02294
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Research Institution | Ochanomizu University |
Principal Investigator |
松崎 毅 お茶の水女子大学, 基幹研究院, 教授 (40190441)
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Project Period (FY) |
2015-04-01 – 2021-03-31
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Keywords | 出版文化 / 回覧文化 / 手稿文化 / Andrew Marvell / Horatian Ode / Oliver Cromwell / 王党派 |
Outline of Annual Research Achievements |
回覧文化と出版文化の質的な相違を明らかにするため、この両文化に跨るAndrew Marvellの詩について、現地調査も含めて資料を収集し分析を行った。Marvellの政治詩“An Horatian Ode upon Cromwell's Return from Ireland”は、1650年に書かれ回覧されたと推定されるが、その出版は詩人の死後の1681年であった。この死後出版詩集のなかの“Horatian Ode”は、政治的な事情から出版直後に大半のコピーから削除されたため、現存する活字テクストは二部のみで、そのひとつが英国図書館に所蔵されている。また、この削除された部分を手書き写本で補った特殊な校本がオックスフォード大学ボドリアン図書館に保存されいるが、この手書き版の“Horatian Ode”は、印刷版とは詩形、句読法、大文字の使用等の点で明らかな別物であり、おそらく1650年に出回った手稿に基づくものと推定される。そこで、英国を訪れてこの印刷版と写本版の両者を閲覧し、そこにどのような相違が見られるかを分析した。結果として分かったのは、印刷版には、語り手の声の単一性、統語構造の明瞭さ、概念の二者択一的な対照性、大文字化によるグラフィックな要約性といった特徴が見られ、これは不特定多数の読者を想定して手が加えられたものと考えられる。一方写本版では語り手、統語構造、概念の対照がともに不明瞭であり、このため、クロムウェルを称賛しつつもその権力の維持の困難さを皮肉にほのめかし、かつ処刑されたチャールズⅠ世の高潔さをも称えるというアンビバレントな政治性が強く残っていることが分かった。ここから、1650年に回覧された手稿は、その読者として、共和政府の関係者のみならず、国王の処刑に反対した穏健派および王党派の詩人たちをも想定していたことが推論さる。この研究成果は論文として発表した。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
3: Progress in research has been slightly delayed.
Reason
2019年度は英国に渡航し、英国図書館ならびにオックスフォード大学ボドリアン図書館にて、主にAndrew Marvellに関する文献調査を行ったが、その資料の一部の分析をもとに研究論文を執筆するのに時間を取られたため、収集した残りの資料の分析が進まなかった。また、Marvellの詩の手書き写本の中には楽譜の歌詞のかたちで残っているものもあり、この時代の詩の回覧が、たとえばHenry Lawes等の音楽家の活動とも密接に関わっていたことが改めて認識されたため、この関係をいま一度掘り下げ、同時代の音楽家によるサロン活動と詩人たちの回覧文化がどのように関わっていたかを調べるという新たな課題が生じてきた。このため、さらにこの問題に取り組み成果を得たうえで、研究全体のまとめを行いたいと考えたのが遅延と研究期間延長の理由である。
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Strategy for Future Research Activity |
17世紀の回覧文化ないし手稿文化において、詩の回覧は、他のジャンルのテクストの回覧とは異なる特徴を少なくとも二つもっていた。一つは、回覧された詩を写書して収集し、個人的な手稿詩集成(manuscript verse miscellany)として残す詩の愛好家が少なからずいたこと、またいま一つは、詩、特に抒情詩は、本来音楽にのせて唄うためのものであり、そのため、詩の流通は文学上のサークルのみならず、音楽サロンの活動をも通じて行われたということである。この時代の女性詩人であるKatherine Philipsが王党派の音楽家Henry Lawesのサロンと関わっていたことは、これまでの研究によりある程度分かっていたが、昨年出版されたLarsonの研究書は、このHenry Lawesが開催していた音楽サロンのありかたと、そこに加わっていた人脈をさらに詳しく論じており、ここからも、内乱後の手稿の回覧、特に宮廷文化の伝統を受け継ぐ王党派詩人たちのそれに、同時代の音楽サロンの活動が少なからず介在していたことが推測される。そこで、最終年度は、楽譜に残っている抒情詩の手稿等を含む文献の再分析を行い、王党派の回覧文化の広がりをさらに詳しく見極めるつもりである。また、最終年度であるため、これまで行ってきた個々の分析を総合するかたちで、回覧文化と出版文化の差異やそれぞれの特質を可能な限り抽出し、研究のまとめとしたい。
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Causes of Carryover |
研究最終年度に考察すべき新たな課題が生じ、その継続のため1年間の研究期間延長を申請し受理された。書籍および資料はまだ手付かずのものもあり、それによる研究と分析が主となるため、書籍等を購入するにしてもあくまで補助的なものとなるはずで、特に高額のものは予定していない。また、改めて英国への渡航も必要なく、残額は少額であるが、補助的な書籍、資料複写、少額の物品・消耗品等の購入には十分と考えている。
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