2016 Fiscal Year Research-status Report
文化的記憶としてのイギリス多文化主義についての研究
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15K02308
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Research Institution | Chiba Institute of Technology |
Principal Investigator |
三村 尚央 千葉工業大学, 工学部, 准教授 (90514795)
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Project Period (FY) |
2015-04-01 – 2018-03-31
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Keywords | 記憶研究 (Memory Studies) / 集合的記憶(collective memory) / カズオ・イシグロ(Kazuo Ishiguro) / 移民(immigrants) / ノスタルジア / イギリス文学 |
Outline of Annual Research Achievements |
平成28年度はイギリス文化の一環としてのイギリス文学において、「イギリス人であること」や「記憶と主体性の形成」、「グローバル社会の中のイギリス文化」といった問題がどのように扱われ、表現されているかという点に焦点を絞って研究を行なった。その成果として、「イギリス文学における市民性(シティズンシップ)」、「移民作家にとっての記憶」、「新自由主義の中での芸術の役割」というテーマに基づいて文学テクストを論じる3件の学会発表を行なった。 市民性の問題は1950年代以降に急激に移民が増加した結果、多民族教育が進められたイギリスに暮らす人びとにとっては、解決するどころか深刻な問題となっていた。それは移民だけではなく白人たちにとっても同様であった。このような観点から、1995年に出版されたKazuo IshiguroのThe Unconsoledは人びとがコミュニティの中での居場所を模索する作品として読むことができるだろう。 国際化とグローバル化によって人びとの移動力を増大した結果、複数の場所で暮らすことは珍しくなくなった一方、離れた土地へのノスタルジアは現代においてこそかつてないほどの高まりを見せている。ドイツ系のイギリス作家W・G・ゼーバルトの作品群は、このようなノスタルジアが現実的な土地の移動がない人びとにとっても重要になっていることを示している。 グローバル化のなかで自らの位置を確保するために何らかの技術を身に付けることが求められている。Kazuo IshiguroのNever Let Me Goを注意深く検証すれば、このような時代の雰囲気を反映したものとして、アートの重要性が強調されていることに気づけるだろう。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
3: Progress in research has been slightly delayed.
Reason
当初予定していた移民船到着の記念行事の来歴についての調査を行なうことができなかったために「やや遅れている」としているが、研究の成果としては当初予期していなかった分野のものを得ることができた。 平成27年度と平成28年度の研究活動を通じて、現代イギリスにおける「多文化国家」というイメージが20世紀中に形成された文化的記憶をもとに形成されたものであることが確認できた。とくに文学テクストに集中した平成28年度の研究を通じた考察を通じて、文化的な生産物としての文学作品にも、多文化国家あるいはグローバル社会の中でのイギリスの位置づけが反映されていることが明らかとなった。
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Strategy for Future Research Activity |
当初はイギリスにおける文化的記憶を考察するための対象として、現代に生きる移民たちの記憶の礎石としてのエンパイア・ウィンドラッシュ号到着(1948年)を記念する式典を扱う予定にしていたが、平成28年度では残念ながらスケジュールの都合が合わずにイギリスの現地調査を行うことができなかった。したがって平成29年度にはイギリスでの現地調査を行なう予定である。 上記に加えてイギリス人もふくめたヨーロッパ文化において、各地域の国民的アイデンティティを支える「文化的記憶」を考察するためには、歴史的な出来事についての記念あるいは追想行為だけでなく、場所にまつわる記念行為も必要であることが明らかになった。したがって本研究においては、各国の産業遺産と呼ばれる施設群も考察対象に含めることとした。産業遺産とはかつての工業地域や新しく試みられた産業の名残をとどめた文化財である。たとえばイギリスのラナークにあるニュー・ラナークやウェールズのセフン・コイド炭鉱博物館、ドイツのエッセンにあるツォルフェアアイン採掘坑、ドルトムントのヴェストファーレン産業博物館などが新たな調査対象の候補である。
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Causes of Carryover |
本年度計画していたイギリスでの調査が、スケジュール調整ができなかったために実施できなかった。
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Expenditure Plan for Carryover Budget |
新たに練り直した計画に基づいて、平成29年度にはイギリスとドイツでの調査を行う予定である。
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