2016 Fiscal Year Research-status Report
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15K02327
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Research Institution | Kansai University |
Principal Investigator |
和田 葉子 関西大学, 外国語学部, 教授 (00123547)
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Project Period (FY) |
2015-04-01 – 2020-03-31
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Keywords | MS Harley 913 / Ireland / satire / Middle English / Latin / Anglo Norman / The Land of Cokaygne / Earl of Desmond |
Outline of Annual Research Achievements |
平成28年度は、夏に予想外の手術と入院があったため、海外での調査はできなかったが、その時間を利用して、1330年頃、アイルランドでラテン語、中英語、仏語の3か国語で書かれた London, British Library, MS Harley 913 に収録されている多くの作品を当時の社会に照らして精読することができた。その中でも "nego" というラテン語で「私は否定する」を意味する言葉がテーマになった詩、他を論文にして発表した。 MS Harley 913には、優れた独創的な作品が多く収められているにもかかわらず、イングランドから見れば「辺境」のアイルランドで書かれたために、これまでほとんど注目されてこなかった。今回、論文にまとめたNegoという作品もあまり知られていない。この詩の大部分は中英語で書かれているが、所々にラテン語が効果的に使用されている。それらは、当時、スコラ学派の学者たちが、パリ大学を中心に学生に勉強させていた討論で決まって使われる「私は否定する」、「私は疑う」、「私は同意する」等の言い回しである。ある命題について、質問する側と、それに論理的に答える側に分かれて、質問者は相手が結局、論理的に正しく答えられなくなるように質問を次々と出し、答える側が論理的に矛盾してしまうと負けとなる、ゲームともいえる討論であった。また、この詩の中には「真か偽か」あるいは「真なる偽 / 偽なる真」とも解釈できるラテン語も見られ、あまりにも理詰めのスコラ哲学が「真実」とは何かを追及した結果、本来の信仰の道から逸れてしまったことを皮肉った作品となっている。中世に実際に起こった「哲学」と「神学」のどちらの学問が正当か、という論争を反映している。歴史的背景についての研究も着々と進んでおり、その知識と合わせて、作品を精読すれば、新しく正しい解釈に行き着くという手ごたえを実感している。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
平成27年度は、計画通り、海外での調査・研究が進み、同じ分野の海外の研究者とも十分に情報交換ができた。成果も2本の論文として発表した。平成28年度は、夏に予想外の手術と入院があったため、海外での調査はできなかったが、その時間を利用して、特に1330年ごろ、アイルランドのウォーターフォードで、ラテン語、中英語、フランス語の3か国語によって書かれた London, British Library, MS Harley 913 に収録されている多くの作品を、当時の社会に照らして精読することができた。この写本は、イングランドではなく、イングランドから見れば「辺境」であるアイルランドで書かれたという理由だけのために、非常に優れた作品が収められているにもかかわらず、これまでほとんど注目されてこなかった。そのため、中世英文学史にも位置づけられることがなかった。MS Harley 913の作品群は部分的に編纂され、わずかに刊行されてはいるが、中英語の作品のみを扱っていたり、注釈が少ない場合が圧倒的に多く、平成28年度、写本に立ち返って、他の言語で書かれた作品も合わせて精読した結果、従来、知られていなかった新たな発見を多くすることができた。そして、ほぼすべての作品は当時の歴史的、地域的背景なしには十分に理解できないことが、以前にもまして明らかになった。また、中英語で書かれた作品を読むときにも、同じ写本に収められているラテン語やフランス語の作品と関連させて読むことで、解釈がまったく変わってくることもわかった。この写本は、一見すると、3か国語による様々なジャンルの作品が無秩序に集められているようだが、実際には、全作品がお互いに関係しあっていることも判明した。紛れもなく、そこに、MS Harley 913が編纂された目的と編纂者の人物像を伺い知る手がかりがある。
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Strategy for Future Research Activity |
平成28年度は、13世紀にイングランドとウェールズの国境付近で書かれたAncrene Wisse(女子隠遁修道士のための手引き)と14世紀にアイルランドで書かれた写本London, British Library, MS Harley 913のテキスト(本文)を継続して精読し、テキストと歴史的背景の関係について研究を深めた。前者には中英語、仏語、ラテン語の3か国によるヴァージョンが現存しており、後者には3か国語で書かれた作品がひとつの写本に収録されている。当時、3言語が共存していたが、やがて英語に統一されてゆく。その経過も今回扱う作品に反映されており、写本が時代の生き証人として現代の私たちに中世の言語事情を語りかけてくれるかのようである。今後、多言語使用の問題にも立ち入って研究する計画である。 平成28年の夏に予想外の手術を行い、入院したため、海外での研究調査ができなかったが、幸い、術後の経過は順調で体力も回復したので、次年度は、春と夏の休暇を利用して、英国のケンブリッジ大学図書館、大英図書館、アイルランド共和国の国立図書館、ウォーターフォード市立図書館、アメリカ合衆国のノールカロライナ大学(チャペルヒル校)図書館において、研究調査および資料収集を精力的に行う。イギリスとアイルランドでは、上記の研究機関に収められている写本を調査し、中世または近世に、書き込まれた欄外の文字の判読、写本の製本時期の判定、所有者の特定等を写本学の観点から調査し、テキストが筆写され、読まれた歴史的、地域的コンテクストを明らかにする。これはマイクロフィルムでは、できない作業のため、写本の実際のページを手にして調べることが必須である。また、これらの研究機関において、日本では入手できない資料を、著作権の許す限りコピーし、帰国後も国内で研究を継続できるよう、コピーの大きさをA4に揃え、ファイルにまとめる。
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