2017 Fiscal Year Research-status Report
Project/Area Number |
15K02327
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Research Institution | Kansai University |
Principal Investigator |
和田 葉子 関西大学, 外国語学部, 教授 (00123547)
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Project Period (FY) |
2015-04-01 – 2020-03-31
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Keywords | MS Harley 913 / Middle English / Ireland / satire / Latin / French / The Land of Cokaygne / penance |
Outline of Annual Research Achievements |
14世紀に筆写されたMS Harley 913には、優れた独創的な作品が多く収められているにもかかわらず、イングランドから見れば「辺境」であるアイルランドで書かれたため、この写本はこれまで、あまり注目されてこなかった。その中で、中英語による詩、The Land of Cokaygne(コケインの国)は、当時の聖職者を痛烈に諷刺した面白い作品であるため、わずかに研究されてきたものの、十分な解釈がされているとは言い難い。詩の終わりに、7年間、豚の糞の海に顎まで浸かって泳いで行けば、コケインの国に到着でき、永遠に贅沢三昧の暮らしができると述べられている。これが、苦行による懺悔のパロディであること、そして、何故「7年間」であり、何故「豚の糞」の海なのか、を明らかにすることができた。本年度の研究の大きな収穫の一つである。 また、この写本には、中英語の他、ラテン語、仏語による作品も収録されているが、一つの写本に収められた作品群として扱った研究はこれまで皆無であった。各作品を正しく理解するためには、Harley 913の写本全体のコンテクストを考察する必要があることを提示した。たとえば、ラテン語で書かれたMissa de Potatoribus(飲んだくれのミサ)は明らかにミサのパロディである。本来、荘厳なミサが飲む、打つ、買うを賛美する内容に替えられている。おそらく、無礼講が許された「愚者の祭り」の日に教会の祭壇で、ふざけた学生によって演じられたのであろう。中英語のThe Land of Cokaygneも同様に、そのような祭日に詠まれたであろうことが察せられる。 海外では、夏季休暇を利用してアイルランド国立図書館とアイルランドのウォーターフォード市立図書館において、研究調査を行った。日本では入手が困難な資料を閲覧し、必要なものはコピーして、帰国後も研究ができるようにした。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
平成29年度は、2年前の手術の経過も良かったので、計画通り、夏季休暇を利用してアイルランド国立図書館とアイルランドのウォーターフォード市立図書館において、研究調査を行うことができた。帰国後も研究を継続できるように、日本では入手が困難な資料を閲覧し、必要なものはコピーした。政治的な色彩の濃い作品については、非常に狭い地域の当時の状況が反映されている場合があり、それを読み解くには、これらの図書館は多くの地元の資料を提供してくれるので、非常に有難い。 14世紀に筆写されたMS Harley 913は、これまで「辺境」と見做されてきたアイルランドで筆写されたため、本格的な研究が進められてこなかった。しかし、今年度も着々と、各作品の歴史的背景を調査しながら、各作品の理解を深めることができた。そして、この写本に収録されている、中英語だけでなく、他の言語で書かれた作品についても、合わせて研究することで、Harley 913という写本がどのような人物によって、何の目的で書かれたのかを、解明してゆきつつある。このように、一つの写本に収められた複数の言語で書かれた作品群を一つのまとまったものとして扱い、写本全体のコンテクストを考察することによって、各作品を正しく理解する手法を実践している。 この写本は、一見すると、3か国語による様々なジャンルの作品が無秩序に集められているようだが、今年度の調査によって、全作品がお互いに関係しあっていることがわかってきた。これは重要な点である。従来の中世英文学研究においては、中英語の作品のみに注目して、その他の言語で書かれた作品が同じ写本に筆写されていても、写本全体のコンテクストを考えないまま、中英語の作品のみに注目して研究されることが常であったため、中英語の作品の理解が深められてこなかった。正しい解釈のヒントが他の言語で書かれた作品の中に隠されているのである。
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Strategy for Future Research Activity |
Harley 913の写本に収録されている3か国語で書かれた作品を継続して研究するとともに、13世紀にイングランドとウェールズの国境付近で書かれたAncrene Wisse(隠遁修道女のための手引き)の研究調査を行う。この作品には、中英語、仏語、ラテン語の3言語のヴァージョンが現存している。仏語とラテン語ヴァージョンは中英語の翻訳であると考えられており、広く3つのヴァージョンを視野に入れて、それぞれのテキストの特徴を明らかにする。そして、当時の多言語使用の社会状況を考察しつつ、研究を進めてゆく計画である。 今後も、春と夏の休暇を利用して、英国のケンブリッジ大学図書館、大英図書館、アイルランド共和国の国立図書館、ウォーターフォード市立図書館、アメリカ合衆国のノールカロライナ大学(チャペルヒル校)の図書館において、研究調査および資料収集を精力的に行う。イギリスとアイルランドでは、上記の研究機関が所蔵している写本を調査し、中世または近世に書き込まれた欄外の文字の判読、写本の製本時期の判定、所有者の特定等を写本学の観点から調査する。この種の調査については、マイクロフィルムでは、判読し難いので、写本の実際のページを手にして調べることが必要になってくる。そして、これらの研究機関において、日本では入手できない資料を、著作権の許す限りコピーし、帰国後も国内で研究を継続できるよう、コピーの大きさをA4に揃え、ファイルにまとめる。
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